[マツダスタジアム]阪神が敵地で同一カード3連勝 終盤に打線つながる|阪神8−0広島|2025年6月1日

阪神タイガース観戦記

2025年6月1日、マツダスタジアムで行われた阪神vs広島の一戦は、阪神が8−0で快勝。
ルーキー伊原が7回途中まで無失点の好投を見せ、終盤には佐藤輝明の3ランなど打線がしっかりつながり、敵地での同一カード3連勝を決めた。

けれどこの日、スタンドで父と試合を見つめていた中学一年生の後藤純太にとって、
一番心に残ったのは、勝ち負けではなく――お父さんの手の色だった。


「今日も、勝ったら三タテやろ?」

助手席でぼくがそう言うと、お父さんは前を見たまま小さくうなずいた。

「左やけえ、打つんはしんどいで、森もいいピッチャーじゃし」
と、ぼそっと広島弁で返ってきた。
広島に来てからお父さんは思い出したようにずっと広島弁や。

ラジオからは、今日の先発は森と伊原、左投げ同士の対決って話をしとった。
伊原はタイガースのルーキーで、なんか最近ええ感じ。一方、広島の森投手も阪神が苦手なタイプのピッチャーやって、お父さんもたぶんそう思ってる。
「左やけえ」って言い方が、ちょっと心配そうやった。

おばあちゃんが握ってくれたおにぎりの包みが、後部席に置かれてる。
今日は天気もええし、お父さんの軽トラでマツダに向かう。
家は安佐南区で、球場までは下道でも小一時間くらい。

窓をあけると、夏のにおいをのせた風がふわっと入りこんできた。
お父さんはもともと無口な人で、ラジオの音か、エンジンの音がよく響く車内。
これがいつものお父さんの車の中。


大阪で住んどったとき、お母さんは、よう「将来のために」って言うてた。
「ちゃんとした学校に行って、ちゃんとした仕事に就かんと、しんどいで」って。
リビングには、中学受験のパンフレットがずらっと積まれてた。

週末はだいたい模試か塾。昼ごはんもコンビニで済ませることが多くて、なんか、ずっと急いどった気がする。

ブランドの服。ブランドの靴。
なんでそんなに“ちゃんとした”ものばっかり持ちたがるんか、子どもなりに不思議やったけど、
あの人の中では、たぶん“かっこいい”って、そういうことなんやと思う。

ぼくにも「この学校に入ったら将来弁護士も夢じゃないよ」って言うてた。
でも、なんか、違うなって思った。
頭の中がずっと詰まってて、勉強のこと考えるだけで、しんどかった。
結局、受験はせんかった。

その直後やったと思う。家の空気が冷たくなって、お母さんの荷物が減っていった。
ある日、何も言わんまま、お母さんは出ていった。

なんでかは、よう分からん。
けど、たぶん、あのときお母さんは、ぼくにも“がっかり”してたんやと思う。

それからぼくとお父さんは、お父さんの生まれた広島に来て、おばあちゃんと一緒に暮らすことになった。

こっちに来てからもお父さんは何も言わへん。
「なんで受験せんかったんや」とも、「来てよかったか」も。
ただ、朝は前より早い。まだ暗い時間に、ガタッてドアの音がして、お父さん出かけていく。

お父さんは塗装の仕事をしてる。
最初は何の仕事かもよく分からんかったけど、だんだん分かってきた。

服はいつも同じ上下で、会社の名前が入った作業着。
車にはローラーとか刷毛とか、ペンキ缶が積まれてて、ちょっと油の匂いがする。
昼過ぎに帰ってくるときもあれば、真っ暗になってからのときもある。

塗装する現場ってのは、建物の新築やったり、古いマンションの改修やったり。
お父さんの手はゴツゴツで、爪の中まで塗料が入りこんでて、取れへん。

いつか、「養生」って言葉をつぶやいてた。
なんかを守るために、シートとテープで全部覆うんやって。
そうやって、丁寧に、はみ出さんように、何日もかけて色を塗る。

ぼくは、そんなん全然知らんかった。
ペンキ塗りって、もっとバーッて塗って終わるもんやと思ってたから。


1回表。森下がレフトスタンドに叩き込んだとき、ぼくはただ、打球を見送ってた。
青空の向こうへ、ふわっと吸い込まれるみたいに飛んでいって、
風の音も歓声も、なんか全部止まったみたいな気がした。

「……口」
お父さんがぼそっと言う。「へ?」って返して、気づいた。
ぼく、口をぽかんと開けたまま、見とれてたみたいや。

阪神の先発、伊原は、まるで試合の空気そのものを支配してた。
球速だけやない、間合いと緩急。
お父さんは「すごいのお」と目を細めて、
まるで、ええ塗装の仕事を見たときの顔をしとった。

7回裏、坂倉とモンテロに連打されたとき、胸が詰まった。
「またこの2人か……」金曜と同じ並びでやられてたまるかと思ったとき、
ピッチャー交代が告げられる。
ピンチの場面でマウンドに上がったのは湯浅。

「反則やん」とぼくが言うと、「なんが?」ってお父さん。
「リリーフって、いきなりランナーおるとこに送り出されるやん。かわいそすぎる」
お父さんは目を丸くして笑った。「おお、ハートがないと務まらんのお」

満塁のピンチを抑えた湯浅がベンチに下がる姿、
なんでか知らんけど、今日いちばんかっこよく見えた。

8回表、テルがライトスタンドへダメ押しのスリーランを突き刺したとき、
多分ぼくの口はまた開いてたと思う。
でも今度は、言葉なしで――
お父さんのごつごつした手と、黙ってハイタッチした。


帰りの車の中、お父さんはいつもどおり無口やった。
おまけにラジオはかかってないし、窓の外の夕方の空がだんだん色を変えていく。

ぼくは助手席で、おばあちゃんが握ってくれたおにぎりの残りを食べながら、
ふと、お父さんのハンドルを握る手を見た。
ごつごつしてて、指の間にはまだ青い塗料がちょっと残ってる。

あの手で、毎日、働いてるんやな。
当たり前みたいな顔して。
テルがホームラン打ったとき、「よーし」と叫んで、すぐに黙ったお父さん。
その声、なんかこっちに来てはじめて聞いた気がした。

実はな──この前、国語の時間に作文書いたんや。
タイトルは『ぼくのなりたい職業』。
周りの男の子たちは、お医者さんとか社長さんとかカープの野球選手とか書いてた。

ぼくは「お父さんみたいな、塗装職人になりたいです」って書いた。

お母さんが読んだら、きっとびっくりすると思う。
でも、たぶん読まへんし、お父さんも知らんまんまやろう。

でも、ええねん。それで。

たとえ知らんでも、たとえ気づかんでも――
それでも、ぼくは、
この人みたいになりたいって、ほんまに思ってる。


【今日のスコア】

2025年6月1日(マツダスタジアム)
阪神タイガース 8 – 0 広島東洋カープ

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