付き合って2ヶ月の彼と来た、はじめての甲子園。 大山の勝ち越し打と、小幡の横っ飛びに、気づけば声が出ていた。 「また来たい」じゃない。 次もこの人と、六甲おろしを歌うと決めた日のこと。
二度目の六甲おろし 〜阪神タイガース観戦記2025年4月26日
梅田駅のホームには、すでにタイガース一色の空気が漂っていた。 まだ11時過ぎだというのに、黄色いユニフォーム姿の人たちが次々と電車に吸い込まれていく。
山口から大阪に出てきて3年。 普段はあまり人混みに近づかない田中菜月にとって、この空気は少し怖くもあり、少しだけワクワクもしていた。
「……すごいな、なんか」
黄色のカツラ、金色の刺繍、虎のマークが入ったハッピ。 まるでお祭りみたいな人たちの列に飲み込まれそうになったとき、 「おーい、菜月!」と声がして、彼氏の大地が手を振りながら現れた。
付き合って2ヶ月。大学のゼミで一緒になったのがきっかけだった。 彼は大学の野球サークルに入っていて、阪神タイガースのことを毎日のように話す。 聞き流していたはずなのに、「チカ」とか「テル」とか「大山」とか、 知らず知らず名前だけは耳に残っていた。
「今日は石川やな、巨人の」 「……あ、新加入の投手って言ってた?」 「お、よう覚えてるやん!」
褒められてちょっと照れた。 そんなふうにして、人生初の甲子園は始まった。
1回表。 巨人の4番・岡本の犠牲フライで先制を許す。 大地が「くぅー、やられた……」と小声で唸る。 けれどその直後、阪神もすぐにやり返した。
1回裏。 近本が出塁し、打席には佐藤輝明。 追い込まれた後のカウント2-2から、 思い切り引っ張った打球が右中間を割った。 スタジアムが揺れるような歓声。 「テルーー!!」 「え、すご。すぐ追いついた……!」
その後1点ずつ取り合い、試合は終盤へ。 陽射しがまぶしく、紙の応援ボードが風に揺れている。 大地は隣で生ビールをゆっくり傾けていた。大してお酒は強くないはずなのに、大人ぶって飲んでる姿が可愛らしい。
そして8回表。 ここまで2-2の接戦。 「ここで及川か。頑張ってほしいな」 大地の声が、少しだけ真剣になる。
1アウト満塁。 打席には巨人の新助っ人キャベッジ。
阪神は極端な前進守備。 「1点もやらん、ってシフトやな」
菜月は、言葉を飲み込んだままうなずいた。
及川が投球モーションに入る。 外角いっぱいのストレート。 キャベッジが鋭く振り抜く。 「やば……」と思った。
でも、その瞬間。 ショートの小幡が横っ飛びで打球に食らいついた。チームを救うビッグプレー。
「うわっ……!」 (今の、漫画みたい……)
「見たか、菜月!これが小幡や!」 大地が、ビールを片手に唾を飛ばしながら叫んでいる。
嬉しくなって、声をあげて笑った。
8回裏。 スタジアムにはピンチを凌ぎ切った興奮の余韻が残っている。 そして今度は、阪神の攻撃。
1アウト1、2塁。 打席には大山。
「大山に回った……いける……!」 と大地がつぶやく。
引っ張った打球は三塁ベースをかすめ、 レフト線へ強く転がっていく。
「やったああああああ!」
歓声が一気に爆発する。 菜月も思わず立ち上がり、 隣にいる大地と顔を見合わせた。
六甲おろしが響く。 歌詞は、彼が大学のゼミやキャンパスでよく口ずさんでいたから知っていた。
「はじめて歌った……」 「は?今?」 「うん。今、歌いたくなった」
大地が、少しだけ目を丸くして、すぐ笑った。
そのあとも阪神は追加点を重ね、 終わってみれば6-2の快勝。
球場の出口でも、大地はずっとニヤニヤしていた。 「いやー、たまらんかったなあ!小幡に大山やろ?最高すぎるなあ、これは晩ご飯が美味しいやろなあ。」
「ねぇ……あのさ」
菜月が立ち止まる。
「タイガースSHOP、寄ってもいい?」
「……お!ええやん!」
「次の試合までに、ユニフォーム買っておきたい」
彼の目が、もっと輝いた気がした。
「二度目の六甲おろし」も……この人と歌おう。
【今日のスコア】 阪神 6 − 2 巨人(2025年4月26日|甲子園)
📘この記事は「TIGERS STORY BLOG」の投稿です。
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