【甲子園】阪神快勝 近本が5安打の固め打ち 大竹が今季初勝利 2025年5月17日|阪神 5−2 広島

阪神タイガース観戦記

27歳の心菜は、職場では「次はあんたやな」と言われるようになってきた。
結婚、出産、マイホーム――当たり前のように並べられる「幸せのテンプレート」。
彼女もまた、周囲の声に背中を押されるように、マッチングアプリで出会った彼氏と付き合いはじめた。見た目も悪くない。年収もそこそこ。なにより阪神ファン――
「こういう人と、普通に幸せになるんかな」と思っていた。でも、初めて一緒に観た甲子園。
周囲が沸き立つスタンドの中で、心菜の中にだけ、ある違和感が芽生えていた――。

誰かのダメかも 〜阪神タイガース観戦記 2025年5月17日〜

神戸の化粧品メーカーで営業事務をして、もうすぐ6年目。
山下心菜、27歳。職場の給湯室での話題は、もっぱら「結婚式の余興」と「週末の保育園見学」。
同い年の同期はすでに2人目を妊娠中で、年上の先輩には「心菜ちゃんもそろそろやで〜」とよく笑われる。

そうなんかな、とは思う。
でも「ええ人おらんねん」って言う前に、自分が誰かとずっと一緒にいる未来を、ちゃんと想像したことがないことに気づく。
焦りと、なにかをごまかしてる感じが、ずっと自分の中にある。

そんな私がマッチングアプリで出会ったのが、斎藤伸也くん。神奈川出身、30歳のIT営業。大阪に転勤してきて半年くらい。
見た目も爽やかで、ちゃんとスーツ着てて、年収もそこそこ。おまけに「阪神ファン」やって聞いた瞬間、「それ、運命ちゃう?」って言いそうになった。
友達に写真見せたら、「めっちゃ当たりやん」って言われて、そう言われたらなんとなくそんな気もしてきて。

今日はその伸也くんと、初めての甲子園観戦。
チケットもとってくれて、天気もなんとか回復してきたし、席もまあまあええ感じ。
「こういうのが、ふつうの幸せなんかな」って。
――このときは、ほんまにそう思ってたんやけどな。


甲子園に来たのは、今シーズンは初めてや。
改札から球場までの道を、黄色と黒が歩いてる。びっくりするくらい、みんな楽しそうで、なんかええなぁって思った。

「中村ってさ、けっこう打ちそうな雰囲気あるよね」
試合前、先頭打者の名前がコールされたときに、伸也くんがそう言った。
「大竹やで? 大丈夫やって」って笑って返すと、ほんまに1回をピシャリと抑えてくれて、私は「ほらな」と心の中でガッツポーズ。

1回裏、先頭の近本がヒット。中野がきっちり送って、クリーンナップ。
スタンドは一気に沸いたけど、その横で伸也くんがぽつり。
「最近、森下もテルも打ててないからね。ここはちょっと厳しそうだなぁ」
「いやいや、今日はいけるやろ〜」って返しながら、なんか小さな棘が刺さった気がした。
結局その回は無得点。「やっぱり」と言われたとき、ふっと視線を外してしまった。

2回裏、大山のツーベースでまたもチャンス。
でも得点ならず。「嫌な予感するなぁ」って言われて、私もさすがに黙った。
まだ何も言ってへんけど、「なんやろ、この感じ」って思い始めてた。

そんで、4回。テルが打席に入ると、「三振しそうだね〜」
――ほら見てみ、センターへのツーベースやで。
嬉しくて「やった!」って伸也くんにハイタッチしようとしたら、「いや、どうせ繋がらないよ。今の阪神はさ」って。

ほんで大山も前川も倒れたとき、「ほらね」って。

…なんやろ、この人の言葉って、いつも、心にフタをする。


5回裏、近本がヒットで出て、中野が送って、森下、テルも続いた。
甲子園の空気が変わった。スタンドが、みんな立ってる。
応援って、こんなにも人の背中を押すんやって、鳥肌が立つくらい思った。阪神ファンが誇らしい。

私はもう、夢中で手叩いて、応援歌歌って、点が入ることより「この場面に立ち会えること」が嬉しかった。
だけど、横の伸也くんは――

「いや、ゲッツーでしょ、これ」
「床田も悪くないし、ここで終わるパターン多いから」
…この人、まだ言うんや。

まさかの暴投で1点。
さらに大山のレフト線へのツーベースで、追加点が入ったとき、
私の声、たぶん甲子園でいちばん高く響いてたと思う。


スタンドはもう揺れてた。知らん人とタオル振って、ハイタッチして、
「いま応援してるって感じ!」って、素直にそう思えた瞬間。

だけど、その隣で、伸也くんは言うんよ。
「でもカープって、ここから粘るから」
「油断はできないと思うよ」

……そんなん、いま言わんでええやろ。
いや、もしかしたら正論かもしれへん。でも――ちゃうねん。

“喜べへん人”とおったら、こっちの心まで冷えてくる。
応援って、本気で信じる気持ちやと思ってたのに。
この人と一緒におったら、それも削がれてまう気がしてきた。

それが、はっきりした。


8回表、カープに1発が出て、球場が一瞬ざわついた。
伸也くんは「だから言ったじゃん」と小さく呟いたけど、私はもう、何も返さなかった。

今日の大竹は、8回途中までほんまによう頑張ってくれた。
マウンドを降りるとき、私は立ち上がって拍手した。
手、痛くなるくらい叩いた。
――信じて応援したピッチャーが、ちゃんと応えてくれる日って、あるんよ。

9回、マウンドに立ったのは、昨日打たれた岩崎。
伸也くんはまた「昨日のことあるからね、怖いよね」と言ってたけど、
私は胸の奥で「だいじょうぶや」って、ちゃんと思えた。

そして、岩崎はきっちり締めてくれた。
5対2、阪神の勝ち。甲子園に歓喜の輪がうまれる。

空は高く広かった。

球場を出ると、伸也くんが「こっちだよ、車停めてる」って言った。
私は「今日は電車で帰るわ」って、笑って断った。
彼は不思議そうな顔で、首を傾げる。

信号が変わる前に、私はひと足先に横断歩道を渡りはじめた。
振り返らなかったし、待ちもしなかった。
リュックを背負い直して、深くひとつ、息を吸った。

“誰かのダメかも”に、流されたくない。
私は、今日みたいな試合を、ちゃんと喜べる人と一緒にいたい。



【今日のスコア】

2025年5月17日(土)@甲子園
阪神 5 – 2 広島

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