試合概要・あらすじ
2025年9月2日、バンテリンドーム ナゴヤで行われた阪神対中日戦は、阪神が5-3で勝利。3回表に佐藤輝明の2ランホームラン、熊谷敬有のプロ1号となる2ランホームランで一挙4点を先制し、7回表に大山悠輔の犠牲フライで1点を追加。7回裏に中日が3点を返して猛追したが、石井大智が最終回を締めて勝利を手にした。
名古屋在住の住宅設備メーカー営業マン・鈴木俊哉(30歳)が、同期のシステム部門勤務・上西宗二とバンテリンドームで阪神戦を観戦。転職を検討中の俊哉と、現状維持を選ぶ宗二。二軍から這い上がった熊谷・小野寺の活躍と、いずれメジャーに旅立つだろう佐藤輝明の姿を見ながら、それぞれの「巣立ち」について考える一日を描いた物語。
巣立ち〜阪神タイガース観戦記2025年9月2日〜
36度の名古屋、商談帰りの球場へ
昼間の名古屋は、うだるような暑さだった。車道から立ち上る熱気に、スーツのズボンがまとわりつく。36度を超えた気温は、秋の気配などどこにもなく、街全体をじりじりと焦がしていた。
俊哉は午後の商談を終えて、地下鉄に乗り込んだ。ネクタイをゆるめ、シャツの一番上のボタンを外す。鞄の中には今日の資料が乱暴に押し込まれている。汗を拭いても額からすぐに滲んでくる。
頭の中を占めていたのは営業数字でも新商品の説明でもなく、今夜の阪神戦のことだった。二年ぶりのリーグ優勝が目前に迫り、会社でも「Xデイがいつか」がもっぱらの話題になっていた。もっとも、自分の通う地元の会社ではドラゴンズファンや巨人ファンのほうが圧倒的に多く、肩身は狭い。
「鈴木くん、直帰なのか」
午後に訪ねた新京ホームズの高木部長が、笑みを浮かべて声をかけてきた。
「いえ、まだ会社に戻る予定でしたが」
「いやいや、今日は阪神戦だろ。ウハウハだな、あんたら」高木部長がニヤリと笑う。「そしたらこのまま直帰だな。楽しんでおいで」
営業の心得として「政治と宗教と野球は話題にするな」と習ったことがあるが、野球の話題ひとつで距離が縮まる相手もいる。得意先との関係においても、それは立派な共通語だった。
同期との合流、スタメン発表
地下鉄を降り、バンテリンドームに近づくにつれて、空気が変わった。汗に混じって漂うコンビニ弁当の匂い、売店から聞こえる呼び込みの声。まだ日が高いのに、連絡通路は祭りのような賑わいだ。黄色と黒のユニフォームを着たファンが、青の人波と入り混じって行き交う。
「おーい」
宗二が手を挙げて立っていた。リュックを背負い、黒縁メガネを光らせている。会社に入って十年、部署は違えど一番気を許せる同期だった。
「高木部長んとこ行ってただろ」
「ああ、あそこからだと来やすいし。明日、高木部長も来るらしいぞ」
「好きだなあ、あの人も。まあドラゴンズも面白いしな。岡林に田中幹也、細川も当たってる。助っ人二人も打つし」
「上林も当たってるな。投手はもともといいし。しっかり勝ち越さないと」
二人でそんな話をしながら球場に入った。午後五時を少し過ぎ、場内がざわつく。スタメンが発表されたのだ。
「二番セカンドに植田って」宗二が心細い声でつぶやく。「中野どうしたんだろ」
「ベンチにはいるし、大事を取ったんだろ?それに植田と小野寺がスタメンって、貴重だわ」
俊哉はわざと明るく返した。七番レフトには小野寺暖。昇格直後から結果を残し、巡ってきたチャンスを掴み取った選手だ。
チャンスを掴む、その時に
今季の阪神は軸を固定しつつ、こうして柔軟にメンバーを入れ替えている。いろんな選手を観られるのは嬉しい。勝負論だけではなく、背景やプロセスを楽しめるのも野球の醍醐味だ。俊哉はそんなふうに思いながら、席に腰を下ろした。
ビールを一口飲む。泡が舌に当たると、さっきまでの営業先の重苦しさが消えていく。背中を流れる汗は止まらないが、不快感よりも「これから試合が始まる」という期待感が勝っていた。スタンドはすでに阪神と中日の応援歌が入り混じり、太鼓のリズムが胸を揺らす。
ふと、自分の働く会社のことが頭をよぎった。営業部は数字の帳尻だけが重視され、どんなに工夫してもプロセスは評価されない。会議は形式ばかりで、上層部は昔の成功体験に縛られている。そんな空気に、日ごと息苦しさを感じていた。
外資や新興企業からのスカウトメールを開いては閉じる日々。結婚三年目、妻からは「このままの働き方で子育ては無理じゃない?」とも言われている。
一方で、宗二は「変わらんほうがいい」と言う。基幹システム刷新のプロジェクトを抱え、「ここで辞めたら迷惑がかかる」と責任感を口にする。確かに残る必然はある。だが、変わらないことが正しいとは限らない。
レフトスタンドから「六甲おろし」が響いてくる。俊哉は思った。
阪神は固定された強さと柔軟な変化を両立させている。自分もそうありたい。変わる勇気と、変わらない必然。その境目を、いつか自分で見極めなければならない。
試合展開と二人の想い
そして試合が始まった。
二回表、この回先頭の大山が四球で出塁。九番ピッチャー村上のゴロは名手・田中幹也のエラーを誘い、ツーアウト満塁の好機。打席には近本が立った。
「チカー、頼む」
宗二は両手を合わせて祈るような仕草を見せたが、最後はマラーのカーブにバットが空を切り、空振り三振。チャンスを活かせなかった。
「近本も前回ヒット出たんだけどなあ、まだ本来の形じゃないね」宗二がため息混じりに呟く。
「まあ、なんとかなるでしょ」俊哉は軽く言った。「あれだけのバッターだし。勝手にまた打ち出すって。CSで打ってくれた方がいいだろ」
三回表、先頭の植田がセーフティを試みるも失敗し、セカンドゴロ。だが「なんとしても塁に出る」という必死さは伝わってきた。
一アウト後、三番森下が二遊間を抜くヒット。二打席連続の快音だ。
「森下ってさ」宗二が言いかける。「岡田さんが解説で愚痴言った直後に、この前長打打ってたよな」
「ああ、しかもそこからなぜか好調なんだよ」俊哉も笑って応えた。
迎えた四番佐藤。第一打席は三振に倒れたが、マラーの二球目をライトスタンドに叩き込む。誰もが待ち望んだ一発。規格外の主砲は、その期待すら軽々と超えていった。
「きたー!」
二人は立ち上がり、拳を突き上げた。阪神先制、2対0。スタンドは大歓声に包まれる。
「佐藤って、いつかメジャー行くんだろうね」俊哉がしみじみ呟く。
「間違いないでしょ。あんなホームラン、海の向こうでも通用するわ」
さらに五番大山が四球で歩き、六番熊谷が続けて一発。スコアは4対0。球場がさらに揺れた。
「見ろよ、熊谷と小野寺」俊哉が興奮気味に言う。「ずっと控えや二軍で我慢してたのに、今こうしてチャンスを掴んでる」
「確かに。こういうのを見てると、待ってた時間も無駄じゃないのかもな」宗二は冷静に返す。「でも一軍で通用し続けるかどうかは、これからでしょ」
俊哉は軽く頷いた。佐藤のような規格外の才能は、いずれ大きな海を渡っていくだろう。だが熊谷や小野寺の姿にも、必死に羽ばたこうとする力強さを見ていた。
七回裏、中日の攻撃。細川がツーベースで出塁すると、ボスラー、山本の連打で一点を返され5対1。なおもノーアウト二・三塁。チェイビスを三振に仕留めたが、代打ブライト健太を抑えた後、ベテラン大島にタイムリーを浴び、5対3。試合は一気に接戦ムードとなった。
「まずい流れだぞ。ワンサイドゲームかと思ったら接戦じゃないか」
宗二は空になったハイボールのカップをぐしゃりと握りつぶした。
「そりゃそうだけど、二点差になっただけでしょ」
俊哉は努めて軽く言ったが、内心は穏やかではなかった。
八回を岩崎がきっちり抑え、この日の九回のマウンドには石井が上がる。連続無失点記録は更新中。場内のざわめきと共に、緊張感が漂った。
二アウト後に出塁は許したものの、自慢のストレートで押し込み、最後の打者板山のフライをショート熊谷がしっかり捕球。ゲームセット。
終盤、中日に傾きかけた流れを、最後まで渡さなかった。
夜風と地下鉄入口で思ったこと
九回裏が終わると、俊哉は席から立ち上がった。隣では宗二がリュックの紐を直している。
「結局、お前は転職するのか」宗二が訊いた。
俊哉は腕時計をちらりと見て答えた。
「さあね。ただ、今日みたいに熊谷や小野寺がチャンスを掴むのを見ると、俺もやれる気がするんだわ」
「でもリスクもあるでしょ。新しい環境で通用するかわからないし」
「そりゃそうだけど。このまま今の会社にいても、同じことの繰り返しだろ」
宗二は少し考えてから言った。
「まあ、お前らしいわ。俺は今のプロジェクトが終わるまでは動けないけど」
ドームを出ると、夜風が頬を撫でた。昼間の熱気はまだ残っていたが、少しだけ涼しい。イオンモールの明かりが揺れ、ビール片手のファンが笑いながら散っていく。
俊哉はシャツの袖を伸ばし、深呼吸をした。
巣立つかどうかは、まだわからない。
でも、とりあえず明日も汗だくで得意先回りをするのだろう。
「まあ、なんとかなるでしょ」
地下鉄の入り口へと吸い込まれていく人波を見ながら、俊哉も歩き出した。
自分も、いつかは巣立つ一羽なのかもしれない——
本日の試合結果
スコアボード
1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 計 | 安 | 失 | |
阪神 | 0 | 0 | 4 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 5 | 6 | 0 |
中日 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 3 | 0 | 0 | 3 | 8 | 1 |
責任投手
- 勝利投手:[ 阪神 ] 村上頌樹 (11勝3敗0S)
- 敗戦投手:[ 中日 ] マラー (3勝8敗0S)
- セーブ:[ 阪神 ] 石井大智 (1勝0敗8S)
📌 観戦メモ(持ち込みルール&持ち物)
・球場ごとに飲料容器や容量の規定が異なります。来場前に最新の公式案内をご確認ください。
・傘が使えない席が多いため、雨天時はレインポンチョ推奨。
・暑さ/寒さ対策と両手が空く軽装が快適さの近道です。
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