2025年7月1日、気温32度の甲子園球場で行われた阪神対巨人の一戦。阪神は才木、巨人は西舘が先発。序盤に佐藤輝明、森下翔太のタイムリーで2点を先制した阪神が、その後は継投陣が踏ん張り、石井の復帰登板、岩崎の締めで2-1の接戦を制し3連勝を飾った。
大阪福島区に暮らす25歳の花屋勤務・美咲は、交際3ヶ月の彼氏・浩と初めて甲子園を訪れる。相席居酒屋で出会った二人だが、美咲は浩の前で「理想の女性」を演じ続けていた。野球好きの本当の自分を隠しながら。しかし、白熱する阪神戦を目の当たりにして、美咲の心に変化が生まれていく。「立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花」—花屋で働く彼女が見つめた、自分らしさとは。
立てば芍薬〜阪神タイガース観戦記2025年7月1日〜
朝の七時半、いつものように花屋のシャッターを上げた瞬間、むわっとした空気が頬を撫でた。
今日は火曜日。甲子園で阪神戦がある。浩と一緒に見に行く約束をしてから、もう一週間も経ってしまった。
「美咲ちゃん、今日は早めに上がってええからな」
店長の声が、バケツの水を替えてる私の背中に届いた。ありがたい。浩との待ち合わせは四時半やから、三時には店を出たい。
手についた水滴を拭きながら、鏡を見た。髪は肩まで伸ばしてるけど、毎日の水仕事で少しパサついてる。今日はどんな格好で行こう。浩は前に「君はもう少し女性らしい服装の方が似合うと思うよ」って言ってた。
あの日のこと、よう覚えてる。
三ヶ月前、友達の真由子と一緒に行った相席居酒屋で、浩とは知り合った。
「美咲、野球の話はほどほどにしときや。男の人、引くから」 真由子にそう釘を刺されてたのに、つい阪神の話で私は止まらなくなってしまった。
でも浩は嫌がらずに聞いてくれて、なんとなく感じのええ人やなと思って、なんとなく付き合うことになった。
真由子には「あの人、口ばっかりやで。やめときな」って言われてるけど、浩の優しい一面を知ってるのは私だけや。
昼休憩、スマホを見ると浩からLINEが来てた。
「今日楽しみやな!一緒に甲子園行けるなんて夢みたい。美咲のこと、みんなに自慢したいわ」
こういうところが浩のいいところやった。素直に気持ちを表現してくれる。フリーターで将来のことは曖昧やけど、私といるときは本当に嬉しそうにしてくれる。
午後二時、カウンターで会計をしてるとき、常連のおばちゃんが言った。
「美咲ちゃん、今日はなんや顔が違うな。恋する乙女の顔や」
「そんなことないですよ」
そう言いながら、心の中では複雑やった。恋する乙女。私は浩の前で、そんな風に見えるような自分を演じてるんやろか。
三時ちょうどに店を出て、福島から甲子園に向かう電車の中で、今日のことを考えた。
浩は野球のこと、どれくらい知ってるんやろ。私はお父さんの影響で小さい頃から阪神ファンやった。才木のピッチングフォームも、大山のバッティングも、結構詳しい方やと思う。
でも、それを浩の前で話したことはない。
「女の子が野球のこと詳しすぎるのもなあ」
浩がそんなことを言ったのは、付き合い始めて一ヶ月頃やった。テレビで野球を見てて、つい解説みたいなことを言ってしもうた時や。それからは、浩の前では野球について詳しく話すのをやめた。
甲子園前駅で降りて、改札を出ると浩が待ってた。白いポロシャツに黒いハーフパンツ。いつもの格好や。
「美咲!」
手を振る浩を見て、なんや安心した。今日は素直に楽しもう。そう思った。
「お疲れさま。暑いなあ」
「ほんまやな。でも今日は絶対勝つで!俺らが応援したら阪神は負けへん」
浩の言葉に、思わず笑ってしまった。根拠のない自信やけど、こういうところが憎めない。
球場に入ると、平日の夕方やのにかなりの人やった。一塁側内野席のチケットは、浩が梅田のチケットショップで買ってくれた。「美咲のために奮発したんや」って自慢げに言ってたけど、実際はそんなに高くないことを私は知ってる。でも、その気持ちが嬉しかった。
席に着くと、グラウンドが目の前に広がった。緑の芝生が美しい。花屋で働いてると、植物の色合いには敏感になる。今日の芝生は少し黄色がかってる。気温が高いからやろか。
「何か飲む?」
浩が聞いてくれたので、お茶をお願いした。本当はビールも飲みたかったけど、浩の前では控えめにしてる。
「立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花」
急に、昔おばあちゃんがよう言ってた言葉を思い出した。美しい女性の例えや。
でも、実際の芍薬も牡丹も百合も、それぞれ全然違う花や。芍薬は一重で清楚、牡丹は豪華で存在感がある、百合は上品で香りが強い。どれも美しいけど、美しさの種類が違う。
私はどの花なんやろ。
「美咲、今日は可愛いな」
浩がそう言ってくれた。こういうことが嫌味なく言えるのがこの人のええとこや。ちょっと顔が赤くなる。今日は白いワンピースを着てきた。普段は動きやすいパンツスタイルが多いけど、浩の好みに合わせてみた。
「ありがとう」
そう答えながら、なんやモヤモヤした気持ちが湧いてきた。可愛い、か。私は可愛い人でいたいんやろか。それとも、もっと違う何かでいたいんやろか。
六時になって、いよいよ試合が始まる。阪神の選手を見てると、胸が躍る。これは演技やない。
純粋に好きなんや。
「今日の先発は才木やな」
つい口に出してしまった。
「才木?詳しいなあ、美咲」
浩が少し驚いたような顔をした。
「お父さんがファンやから、自然と覚えてしもうて」
慌ててフォローしたけど、本当は自分でも調べてたりする。才木のフォークボールの落ち方とか、ストレートの威力とか。
巨人の先発は西舘。2年目のドラ1右腕や。今日の西舘といい、山崎といい、ライバルチーム・巨人にもいいピッチャーは多い。
でも、そんなことは浩には、まだ言えない。
「俺、野球のルールはわかるけど、選手のことはそんなに詳しくないねん。美咲が教えてくれるか?」
浩のその言葉に、ちょっとドキッとした。教えてくれるか、って。
他のことやったら「そんなん、私もよくわからへん」って言ってしまいそうやけど、今日はなんか違う気がした。
「うん、わかることやったら」
そう答えた瞬間、なんや胸の奥で何かが進んだように感じた。
一回裏、阪神の攻撃。先頭の近本がヒットで出塁した時、周りの観客が盛り上がった。
「近本って足速いんやろ?」
浩が聞いてきた。
「うん、盗塁もうまいし、内野安打もよう打つ。阪神の攻撃の起点になる選手や」
気がついたら、そんなふうに答えてた。浩は「へえ〜」って感心したような顔をしてる。
2アウト後、打者は4番・佐藤。フルカウントから、西舘のストレートをライト線へ運んだ。
「いった!先取点や」
思わず声が出た。佐藤のバッティングは本当に好きや。パワーもあるけど、今年はなんか、技術もある。
「美咲、めっちゃ声出すやん」
浩が笑いながら言った。でも、その笑顔はなんや複雑やった。嬉しそうでもあり、少し困ったような。
「こんなに詳しいとは思わんかったわ。意外やな」
そう付け加えた浩の声には、驚きと、ちょっとした戸惑いが混じってた。
私は慌てて、「テレビでよう見てるから」って、ごまかしたけど言い訳になってなかった。
でも、心の中では違うことを考えてた。
私は野球が好きや。それは事実や。浩と出会う前から、ずっと好きやった。なんで隠さなあかんのやろ。
二回表、巨人の攻撃。先頭の四番吉川に出塁を許し、六番中山の打球はライトへ大きく飛んだが、なんとか森下のグラブへ収まった。
「あっぶなー、さっきと一緒やん。怖いなあ」
浩が「今のもヒットになりそうやったな」と言うと、私は思わず「中山は長打力あるから気をつけなあかん」って答えてしまった。
また解説者ぶって余計なことを言ってしまった。お父さんの影響や。浩は「ふうん」と頷いた。
三回裏、またも近本がツーベースヒットで出塁。
「これさっきと同じや」
浩がのんびりと呟いた。
「そうや、さっきと同じや。ここで点取らなあかんねん」
私の声にも力が入った。浩がちょっと驚いたような顔をしてる。
「美咲、本当に野球好きなんやな」
浩が小さく笑った。今度は嫌そうじゃない。
森下のタイムリーヒットで追加点が入ると、私が言うより先に「よっしゃー。追加点や」って浩がハイタッチしてくれた。
「美咲と見てると、野球ってこんなに面白いんやな」
浩の表情が、最初の戸惑いから楽しそうな笑顔に変わってた。
四回表、才木が連打を浴びて一死満塁のピンチ。バッターは坂本や。
「才木くん、ストレートの威力抜群やのに要所で打たれてる気がするなあ。しかもここで坂本。怖すぎる」
気がついたら、そんなことを口にしてた。
才木が坂本を空振り三振に切って取ると、私は「はあーーー」ってお腹の底から息をついた。
隣で浩は微笑んでる。
五回は両チーム無得点で進み、六回表。
この回から阪神は継投に入った。及川から湯浅に交代したところで、またも坂本がバッターボックスに立つ。
そして今度は、坂本に右中間への大きな二塁打を浴びて一失点。
「まじか!!なんで」
悔しくて私は思わず、浩の方を見た。多分目に力が篭ってたんやろう。一瞬浩が怯んだように見えた。
七回表。代打キャベッジの打球をライト森下が矢のような送球でアウトにした時、続く丸の大飛球を近本がフェンスギリギリでジャンピングキャッチで捕った時。
「ちょっと浩くん、見てた今のプレー?これ下手したら大量失点やったで」
私はもう、野球のことを隠すのをやめてた。
「見てた見てた!すげえプレーやったな」
浩は今度は素直に興奮してくれてる。最初の困ったような顔はもうない。
八回表、石井が復帰登板。六月頭に打球を頭部に受けて離脱してたピッチャーや。
「頼もしいピッチャーが帰ってきた」
そう言いながら、なぜこうも選手の復活劇には心が震えるのかと思った。
九回表、守護神岩崎が三人で抑えてゲームセット。2-1で阪神の勝利。
私たちは思いっきり拍手した。
「また一緒に来よな。今度も美咲にもっといろいろ教えてもらいたい」
浩がそう言った時、私は少しドキッとした。
「ごめん、調子に乗ってしもうて」
「なんで謝るん?」
浩の言葉に、私は黙った。
その言葉を聞いた時、心がふわっと軽くなった気がした。
浩は私の野球好きを嫌がってないんやろか。
むしろ、楽しそうにしてくれてる。
試合が終わって、甲子園を出る時、浩が手を伸ばしてくれた。
「帰ろか」
その自然な仕草に、私の胸は温かくなった。
帰りの電車の中で、浩は今日の試合のことを嬉しそうに話してた。
「俺、昔付き合ってた子が無口な人やったから、美咲みたいに気持ち表現してくれる人って新鮮やわ」 浩がそう言って笑った。
私はその隣で、窓の外を見ながら考えてた。
今日、初めて浩の前で本当の自分を見せることができた。 そして、それを受け入れてもらえた。
福島の駅で別れる時、浩が言った。
「今日はありがとう、美咲」
「こちらこそ」
今度は、もう少し素の私でいってみよう。
野球のことも、花のことも、仕事のことも、もっと話してみよう。
それで浩がどう思うかは、その時に考えればいい。
25歳の私は、まだ芍薬にもなれてへんかもしれん。
でも、花屋で働く私にはわかる。
つぼみが咲くまでの時間こそ、一番、力が要るんやって。
だから私は、ちゃんと咲く。私のままで。
阪神 2 – 1 巨人(2025年7月1日/甲子園)
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