小学6年の悠馬が、祖父と初めて訪れた甲子園。
憧れと悔しさが胸いっぱいに広がった、忘れられない一日の物語。
パパは知らない 〜阪神タイガース観戦記2025年4月27日
受験勉強でパンパンの毎日だったけど、今年もゴールデンウィークがやってきた。
春と、あふれかえる人の匂いがする京都駅。
ぼくは、ママと一緒に、毎年恒例の祖父母の家へ向かっていた。
春休みのある日、ママがふと聞いてきた。
「今年の連休、どこ行きたい?またおじいちゃんと北山の植物園行く?」
ぼくは、ちょっと迷ったあと、はじめて口にした。
「、、、甲子園、行きたい」
ママはびっくりして目をまん丸くした。
そのあと、クスッと笑ってうなずいた。
ママはたぶん、知っている。
塾のない日、ぼくが友達と野球してることも。
最近、野球に夢中になっていることも。
それからすぐ、ママが京都のおばあちゃんに電話してくれた。
おばあちゃんは電話口で明るく笑いながら、おじいちゃんに言ったらしい。
「悠馬が、甲子園に行きたいんやって!」
おじいちゃん、おばあちゃんと再会を果たし、
おばあちゃんの作ってくれたご馳走(ママより美味しかった!)をお腹いっぱい食べて眠る。
そして朝。おじいちゃんが取ってくれたチケットを持って、
いよいよ、甲子園に向かう。
小さいころから、おじいちゃんの部屋に飾られていた
阪神タイガースのユニフォーム。
ずっと、あれがかっこよくて、頭から離れなかったんだ。
JRの大阪駅で降りたとき、ガラッと空気が変わった。
黄色いユニフォームを着た人、タテジマのユニフォームの人。応援グッズを抱えた人たち。
ぼくは、自然と背筋が伸びた。
「そうか、今日は吉田さんの追悼試合やな」
電車を降りたおじいちゃんが、思い出したように言った。
「吉田さんって?」
「んー、藤川監督の監督やった岡田さんはわかるやろ。
その岡田監督の監督やった人やで」
ぼくは大きくうなずいた。
名前は知らなかったけど、なんだかすごそうだった。
試合開始。
阪神の先発は伊原投手。巨人は堀田投手。
1回裏、近本選手がヒットで出て、大山選手のレフト前ヒットで一気にホームイン。
リクエストが入るきわどいプレーだったけど、阪神が先制!
「よっしゃあ!」
おじいちゃんが隣で大きくガッツポーズした。
3回表。
伊原投手がピンチを招き、巨人に同点に追いつかれた。
だけど、そのあとがすごかった!4番岡本選手をインコースの速球で三振にとったんだ。
(プロってすげえ……)
ぼくは思わず息をのんだ。
その後は、フォアボールは出ても、なかなかヒットが出ない投手戦。
伊原投手も粘り強く投げていた。
そして9回表。
巨人のキャベッジ選手が出塁し、代打岸田選手のタイムリーで巨人が勝ち越し。
甲子園全体に、深い霧がかかったようなため息が広がった。
おじいちゃんも、ぐっと口をつぐんでいた。
9回裏。阪神の攻撃。
代打・木浪選手が、マルティネス投手から二塁打を打った。
ライト線への強い打球。
マルティネス投手がびっくりした顔をしていたのが、ちょっと誇らしかった。
代走は植田選手。
続く小幡選手もきっちり送りバントを決め、チャンスはひろがる。
一塁側のスタンドがソワソワしはじめた。
打席の渡辺選手も粘り、ついにマルティネス投手の打球をはじき返した。
でも、それはショートの正面。
ホームへのクロスプレーはアウトだった。
植田選手が立ち上がったとき、
ユニフォームがビリビリに破れていた。
(プロのユニフォームも破れるんだ、、)
ぼくは、鳥肌が立った。
悔しさとか、必死さとか、うまく言えないけど植田選手の気持ちが、
ドロドロでビリビリに破れたユニフォームなんだと思った。
「まあ、勝ちすぎとったからな。
また明後日から、仕切り直しや」
おじいちゃんはそう言って、席を立った。
でも、わかった。
おじいちゃんは、ものすごく悔しそうだった。
「……うん」
ぼくも、神妙な顔でうなずいた。
オトナに気をつかうのは、いつも大変だ。
本当は、ぼくだって泣きたいくらい悔しかった。
おしっこもガマンしてたし、
頭の中は、ずっと植田選手のユニフォームのことでいっぱいだった。
帰りは梅田駅で、買い物帰りのママとおばあちゃんと合流する。
明後日には、東京に戻って、また塾が始まる。
きっとパパは、「勉強、ちゃんとやれよ」って言うんだろう。
でも、パパは知らない。
ぼくが、こんなにも阪神タイガースを好きになったことを。
さっき、甲子園で見た景色も。音も、熱も、悔しさも。
多分、一生忘れない。
【今日のスコア】
阪神 1 − 2 巨人(2025年4月27日|甲子園)
📘この記事は「TIGERS STORY BLOG」の投稿です。
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