試合概要・あらすじ
2025年4月25日、甲子園球場で行われた阪神タイガース対読売ジャイアンツのナイトゲーム。阪神が4-1で勝利し、開幕から5連勝を飾った。この日の主役は佐藤輝明。3回の3ランホームランでチームの勝利を決定づけた。離婚から2年が経つ三井雅史にとって、元妻との思い出が蘇る特別な一日となった。エース村上の好投と近本の好守も光り、阪神は完勝で巨人を退けた。離婚から2年、感情を閉ざしていた41歳の男が、甲子園でふと涙する。
鉄仮面の素顔。〜阪神タイガース観戦記2025年4月25日
三井の日常〜甲子園への道のり
「お先です」 三井雅史は、今日も定時で会社を出た。
大阪市内にある建設会社で課長を務める三井。41歳、独身。離婚から2年が経ったが、誰にもその話はしていない。会社では常に冷静沈着で、部下からの相談にも感情を交えずに的確なアドバイスをする。効率を重視し、無駄を嫌う性格から、いつの間にか「鉄仮面」「アイスマン」と呼ばれるようになった。
外はまだ明るい。甲子園へ向かう電車のホームに立つと、スーツ姿の自分が浮いているのがわかる。でも、気にならなかった。
今夜は阪神対巨人。甲子園ナイター。後輩の今村と一緒に、内野席で観戦する約束をしていた。
今村は5つ年下の営業部員。大学時代は野球部だったという彼は、入社当初から三井に野球の話を振ってくる唯一の後輩だった。最初は面倒に感じていたが、彼の純粋な野球愛に触れているうちに、次第に心を許すようになった。
「三井課長、今年は優勝いけますよ」 「そやな。誰が見ても、強い言えるチームや」
感情をあまり出さない三井にとって、こんな風に誰かと野球を語るのは珍しい。 社内でのあだ名は「鉄仮面」だとか「アイスマン」だとか言われているらしいが、確かに仕事には厳しいほうかもしれない。
会社では業務以上の会話はあまりしないが、五つ下のこの今村だけは、野球という共通項があり、屈託なく話しかけてくる。
電車の中での野球談義〜元妻との思い出
電車の中で、今村がスマホで昨日のハイライトを見せてきた。 「森下、昨日えげつないホームラン打ちましたね」 「……打つ思てたわ。ほんま、今年のクリーンナップは強いで。」
自分でも驚くくらい、自然と声が出た。
実は三井が阪神ファンになったのは、元妻の影響だった。結婚前、彼女に誘われて初めて甲子園に足を運んだ時、球場の熱気と一体感に圧倒された。それまでスポーツにはあまり興味がなかった三井だったが、彼女の熱心な応援ぶりに感化され、次第に阪神戦を楽しみにするようになった。
電車が甲子園口駅に近づくにつれて、車内は黄色いユニフォーム姿のファンで溢れてきた。三井は窓の外を眺めながら、あの頃のことを思い出していた。元妻と一緒に、この同じ電車に揺られて甲子園に向かった日々を。
「課長、今日は佐藤輝明、絶対打ちますよ」
今村の声で現実に戻る。
「ああ。調子、よさそうやな」
短い返事だったが、心の中では彼女の声が響いていた。「テルのホームラン、また見たい」と言っていた彼女の笑顔が蘇る。
甲子園の夜風と蘇る記憶
甲子園は賑わっていた。 ふたり並んで座った内野席の後方、冷たい風が時おり頬をかすめる。
ナイトゲームの甲子園は、昼間とは違った魅力がある。照明に照らされたグラウンドの緑が鮮やかで、スタンドの熱気もどこか幻想的に感じられる。三井にとって、この夜の甲子園には特別な意味があった。
この球場には、元妻と何度も来た。 大の虎党の彼女は、佐藤のファンで、応援歌がかかると大きな声で歌っていた。 そんな姿に、最初は戸惑っていたけれど、いつの間にか自分も声を出していた。
彼女の名前は美香。結婚3年目で別れた。お互いに仕事が忙しく、すれ違いが続いた結果だった。喧嘩が絶えなかったわけでも、浮気があったわけでもない。ただ、気がつくと会話が減り、一緒にいても心が通わなくなっていた。
離婚の話が出た時も、お互いに冷静だった。「お疲れ様でした」と言って、静かに別れた。その時から、三井は感情を表に出すことを避けるようになった。
「今日は佐藤、打ちますよね」 「一打席目は三振やったけど……なんか期待してまうよな」
場内には空気が震えるくらいのチャンステーマが響く。 懐かしい声が、耳の奥に蘇る。
── ほら、テルやで! 歌お!
そんなふうに言ってた、彼女の笑顔を思い出す。
佐藤輝明の一打と感情の解放
3回裏、2アウト1、2塁の場面。カウント2-1から、佐藤輝明が思い切りスイングした。
バットが振られた瞬間、打球はバックスクリーンへ吸い込まれた。 「うわ……マジか……」
三井の目に、何かがにじんだ。
球場が揺れるような歓声の中で、三井は思わず立ち上がっていた。いつもなら冷静に拍手をするだけなのに、今日は違った。2年間封印していた感情が、佐藤のホームランと共に溢れ出してきた。
「三井さん、どうしたんすか?」 「……ちゃうねん。ちょっと、びっくりしただけや」
今村は心配そうに声をかけてくれたが、三井は上手く説明できなかった。美香がここにいたら、きっと飛び跳ねて喜んでいただろう。そんな彼女の姿が目に浮かんで、胸が熱くなった。
試合は阪神のペースで進んだ。 エース村上が要所を締め、6回表も最小失点で切り抜けた。
「3回のセンターフライ、近本よう捕ったな」 「はい!あれ、流れ変えましたよ」
隣の今村は目を輝かせている。 それを見ているうちに、ふと、あの頃の自分を思い出した。 彼女と、何度も甲子園へ足を運んだ頃を。
「三井さん、ビール、おかわりいります?」 「うん。……いや、俺、ちょっと行ってくるわ」
トイレに立つふりをして、スタンドの後ろまで歩いた。 スマホを取り出して、写真を開いた。 最後に来た日、彼女が撮った一枚。 「また来よな」って言って笑ってた。
あの日から、もう2年。 泣いて別れたわけじゃない。お互い仕事も忙しくて、ちょっとずつ、すれ違っただけだった。 最後まで、どっちが悪いとかもなかった。 「ほな、元気でな」って言って、手を振りあった別れだった。
今日の甲子園で、胸の奥にあった何かが溶けた気がした。 しまっていた感情に、球場の音と風がそっと触れたように。
9回表。 岩崎が最後の打者、キャベッジを三振に仕留めた。 スタンドは沸いた。 「六甲おろし」が流れ、観客が一斉にタオルを掲げる。
今村ははしゃいでいた。 いつの間にか立ち上がり、周りのファンとハイタッチをしていた。
余韻を残し球場を出て、ふたりで黙って歩いた。
梅田へ向かう電車の中で、今村がぽつりと言った。 「また、来ましょうよ」
「……ああ。来よか、また」
「三井課長、奥さんのこと、考えてたでしょ?」
「……エスパーか、お前」
絶句しながらも、頬がふっと緩んだ。 鉄仮面だなんだと言われても、大事な人との記憶は、ちゃんと仮面の下にしまってある。
そして、それがふいに顔を出すのが──やっぱり、甲子園なのだ。
本日の試合結果
【今日のスコア】 阪神 4 − 1 巨人(2025年4月25日|甲子園)
📘この記事は「TIGERS STORY BLOG」の投稿です。
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