阪神 0-1 DeNA|2人の代打が見せた執念と、1点の重み【2025年5月15日・横浜スタジアム】

阪神タイガース観戦記

職場で、偶然手に入れた野球観戦のチケット。
歳の離れた同僚・みのりと並んで座ったスタンドで、47歳の“しのぶ”は、何かが変わる気配を感じていた。
0-1で敗れた夜、それでも前を向けた理由とは——。

まだ“わたし”をやってみたくて 〜阪神タイガース観戦記 2025年5月15日〜

朝、鏡の前でため息が出た。ファンデのノリがいまいちで、目元のくすみも隠しきれない。昨日は残業、今朝は旦那と息子の弁当作りに追われて、自分の顔をちゃんと見るのは久しぶりだった。
47歳。何かを諦めるにはまだ早いけど、何かを始めるにはもう遅い気もする。

そんな狭間に立つ“いま”の顔。

今日は仕事帰りに野球観戦。社内の営業が得意先からもらったチケットを休憩室で配っていて、「誰か行く?」の一言に、真っ先に手を挙げたのが私だった。別にファンでもない人たちは、距離を取るように苦笑いしていたけれど、それでも私は手を挙げた。まさかこんなところから、阪神が降ってくるとは。

一緒に行くのは、同じくパート勤務の坂井みのり。26歳、ポニーテール、阪神ファンで、スマホケースには佐藤輝明のシール。彼女とは世代も価値観も違うけれど、球場へ向かう京浜東北線で「今日、絶対勝ちますからね」と笑うその顔を見て、少し気が楽になった。


横浜スタジアム、3塁側。5月の夕方は思ったより肌寒くて、みのりが持ってきた虎のうちわが風に揺れる。先発は阪神がデュプランティエ、DeNAはジャクソン。強力な両助っ人右腕が投げ合い、緊張感のある0-0の展開。

3回、木浪のヒットからチャンスを作ったが、中野のセカンドゴロで無得点。4回には森下のデッドボールと佐藤の四球で再びチャンス。大山のレフトフライに森下がタッチアップを試みるもアウト。攻めてはいるが、得点はまだ遠い。

「こういうとこで点取らなきゃ、流れいっちゃいますよお。ねえ、しのぶさん。」と、みのりがなかなか通っぽいことを言う。どうやら彼女も本気の阪神ファンだ。

6回、中野がライト線にツーベースを放つと、みのりが「きゃー中野くん!」と身を乗り出した。クリンナップで点が入る予感に、私も自然と背筋が伸びた。でも、ジャクソンがギアを上げて森下・佐藤・大山を抑え込む。レフトスタンドは、呼吸を忘れたみたいだった。

そして7回、またしてもチャンス。高寺・坂本・近本と四球で出塁し、2アウト満塁で中野。みのりの横顔をちらりと見る。彼女は眩しくなるくらい真っ直ぐな瞳でバッターボックスを見つめていた。期待と不安が交錯するなか、打球はセカンドゴロ。

「はあ……」と息が漏れる。お酒もまわり、心と身体がじんわり熱い。


8回裏、及川が2アウトまで取るも、代打・九鬼に内野安打を許し、そこから牧のセンター前ヒットでDeNAが先制。みのりは黙りこみ、うちわを握りしめたまま動かない。 「ほら、逆転の阪神はここからだよ」と私。みのりの顔がパッと明るくなるのが分かる。

9回表、先頭は高寺。一昨日の新潟で同点弾を放った男に、球場がざわつく。しかし結果はセカンドゴロ。DeNAの守護神・入江の気迫が遠くに見えるマウンドからも伝わってくる。

続く代打・楠本。ファウル、ファウル、またファウル。ファウルのたびに、みのりの手が止まる。10球目でようやく四球を選んだとき、球場に拍手が広がった。

次も代打・渡邊。「直球破壊王子」の異名を持つ。3球目、レフトポール際への特大ファウルに悲鳴と歓声が入り混じる。そこからも粘り、9球目で四球。再び球場が湧いた。

その日、打席が回るかどうかもわからない。そんな不確かな中で、二人の代打が見せたのは“終わらない”という執念だった。結果よりも、簡単に終わらなかったこと。バトンをつないだその姿に、心の奥に、小さく火が灯った気がした。

ランナー1・2塁、バッターは近本。ファンのボルテージが最高潮に達する中、打球はセンターへ……と思ったその一瞬、セカンド牧が横っ飛びでキャッチ。

試合終了。阪神0−1DeNA。

なのに、不思議と、気持ちは前を向いていた。


球場を出る前、みのりと立ち寄った三塁側出口近くのトイレ。 並んで手を洗って、ふと鏡を見た。

左には、肌がつやつやして、メイクもばっちり決まったみのり。 右には、笑いジワが増えて、メイクも少し崩れていたけれど、どこかすっきりした私。

私もまだ、いい顔できるんじゃん。

誰かの妻とか母じゃなく、会社のパートでもなく、 私は“わたし”として今日、このスタジアムにいた。

明日からも、もう少し納得できた自分を続けてみたい。 まだ、“わたし”は“わたし”をやってみたくて。

【本日のスコア】 阪神0-1横浜DeNA @横浜スタジアム

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