阪神タイガースの試合を、67歳の男たちが5人で観に行く。
いつもなら静かに観るだけの彼らが、この日だけは声を出し、肩を叩き合った。
2025年4月24日、横浜スタジアム──これは、阪神タイガースの観戦記であり、
50年近く応援してきた“人生の続き”でもある。
東中野球部、同窓会。〜阪神タイガース観戦記2025年4月24日
今年もまた、67歳の肩を揺らして、この場所に向かっている。
東京の下町生まれ、元・区役所勤め。今はたまにシルバー人材センターの仕事を受けて、ほぼ年金暮らし。
生活は、若い頃に想像していたほど楽じゃない。けれど、“この日”だけは、少し背筋を伸ばす理由がある。
年に一度の、東中野球部同窓会。
15時に関内駅前の赤ちょうちんで集合して、軽く一杯ひっかけてから、横浜スタジアムへ。
20歳のときから、毎年この流れ。6人いた仲間も今は5人になったけど、それでも俺たちは集まる。
電車の中、スマホで試合前情報を眺めながら、今年の阪神の投手陣の充実ぶりに頷く。
中継ぎが厚い。先発も安定している。誰が出てきても安心して見ていられる。
「アッパレ」と思わず声が出てしまい、向かいの席の女子高生にチラッと見られて赤面した。
67歳にもなって、何をやってるんだか。
そういえば家を出る前、妻に言われた。
「また“死んでもいい”とか言って、誰か死ぬからやめてよ」
60を超えたあたりから、「阪神が日本一になったら死んでもいい」って、俺はずっと言ってきた。
そして、一昨年。偉大なる岡田前監督のもとで、阪神はリーグ優勝どころか日本一にまで登りつめた。
長年の夢が現実になった。……なのにその翌年、死んだのは俺じゃなく、野球部仲間の木村だった。
木村は毎年、集合写真をプリントして配ってくれてた。
最後の年だけ、裏に『また来年、横浜で』ってひと言が書いてあった。
なんてことない、それだけの文だけど──あれから、あの写真だけは捨てられずにいる。
それ以来、“死んでもいい”なんて言葉は、使うときにちょっとだけ迷うようになった。
いや、たまに言っちゃうんだけどさ。
で、妻に「また誰か死ぬからやめて」って言われて、「喝!」って返すのが、我が家の恒例になっている。
関内駅から歩いてすぐの、見慣れた赤ちょうちん。
看板も暖簾も変わってない。変わったのは俺たちの髪の量と、缶チューハイを生に戻す決意くらいか。
既に到着していたメンツが、グラス片手に「おう」と笑う。
「毎年、ここだけはちゃんと集まるのがえらいよな」
「そりゃ、俺たちが勝手に『命の儀式』って呼んでるくらいだし」
「誰が言い出したんだっけ、それ」
「木村じゃなかったか?」
「いや、木村は“来年も来よう”ってタイプだった。命のこととかはあいつ、口にしなかったよ」
「そうか……でも、あの最後の一言は残るな」
「『また来年、横浜で』って、あの裏書きな」
「うん。あれは、全員泣いたな」
「泣いてねぇよ」
「泣いてたよ。お前、酔ってたから覚えてないんだよ」
「ははは。喝だ、喝!」
店内に「六甲おろし」は流れてないけど、話題はすぐに阪神に移る。
「それにしても、今年の投手陣、すごくないか?」
「特に中継ぎ。勝ちパターンっていうけど、誰が出てきても安心できるのって、久々じゃない?」
「及川、今年やばくない?」
「安定感あるな。球速以上に、落ち着きが違う」
「岩崎、及川、桐敷、島本……」
「気づいたら、左腕ばっかじゃん」
「お前も左利きだっけ?」
「俺は右だよ。左なのは、寝癖だけだよ」
「ははは、喝!」
「でもマジで、阪神のスカウト、アッパレだわ」
「湯浅も今日から一軍合流らしいぞ」
「うお、マジで? 復活したか!」
「それに、岡田監督な。退院されたってニュース見たとき、思わず拍手しそうになった」
「感無量だな、あれは」
「無理はしてほしくないけど……あの人がいるだけで、空気が締まるってのはあるよな」
2杯目の生ビールが空になった頃、店を出てスタジアムへ向かう。
同じ時刻に、全国の阪神ファンもテレビの前や球場で、同じ話をしてるのかもしれない。
スタジアムに着くと、空気が変わる。
夜風はまだ少し冷たく、照明に照らされた横浜スタジアムの芝は、いつもより青く見えた。
「冨田か、今日は」
「今シーズン、結構マウンド慣れてきた感じあるよな」
1回裏、DeNAの牧・佐野に連打を浴びて、2点を先制される。
「まあ、こういう試合展開もあるさ」
気づけば、みんな口数が減っていた。
2回表、阪神も中軸が奮起する。大山が出塁、前川の一打でチャンスを広げ、1点を返す。
「点を取られても、ちゃんと返せるってのはチームが成長してる証拠だな」
「うん。昔の阪神だったら、もうこの時点で諦めムードだったもん」
試合はそのまま1−2で進み、6回には岩貞が登板。
ランナーを背負いながらも、代打・筒香を打ち取る力投。
「五、六年前の阪神左腕のイメージっていったら、やっぱり岩貞と岩崎なんだよな」
そして7回。
2アウトから近本がツーベースで出塁、中野がレフト前へタイムリー。
球場が一気に揺れた。
「中野、今年違うな。去年のあの悔しさを、完全に糧にしてる」
続く森下の打球が高く舞い上がる。
一瞬、時間が止まったような静寂のあと、歓声が弾けた。
「入った……!」
5人全員が思わず立ち上がった。
拍手して、声を上げて、なんなら肩も叩き合った。
毎年恒例の“静かな観戦”なんて、今日はどこかへ飛んでいった。
9回裏。
DeNAのコールと、阪神応援団の「あと一人!」コールがぶつかり合う。
この場面でマウンドに上がったのは、左腕・桐敷。
ツーアウト、一・三塁。
応援が渦を巻き、スタンドの空気が重たくなる。
最後の打者を、桐敷がセカンドフライに打ち取った。
ゲームセット。
「よしっ……!」誰かが小さく言った。
場内には「六甲おろし」が響き渡る。
俺たちも、自然に立ち上がって口ずさんでいた。
誰が先に歌い出したかなんて、どうでもよかった。
声がそろうことの嬉しさが、ただあった。
帰り道、駅までの道すがら、誰かが言った。
「この歳で、まだこんなに声出るってすごくない?」
「来年も来ようぜ」
「もちろん」
誰かがそう答えたけど、たぶん全員が同じことを思ってた。
明日のことすらわからない歳になったけど、だからこそ、また来たいと思える今日がある。
それだけで、十分だった。
【今日のスコア】
阪神 4 – 2 DeNA
📘この記事は「TIGERS STORY BLOG」の投稿です。
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