阪神 5-1 中日|坂本のスクイズと決勝打で快勝 佐藤輝 左翼スタメンも躍動【2025年5月25日・バンテリンドーム】

阪神タイガース観戦記

会社の上司と野球を観に行く。
ただそれだけのことが、こんなにも複雑で、しんどくて、でも少しだけ──救われるなんて思ってなかった。杉本課長。仕事では何度も話してきたはずの人の、球場での顔。これは、5月最後の日曜日。阪神タイガースが勝った試合で、僕が思いがけず“距離”について考えた一日の話。


杉本課長の沈黙 〜阪神タイガース観戦記 2025年5月25日

橋本豊、24歳。
名古屋市内の食品メーカーに勤めて2年目。配属は営業企画部。
パワポのフォント指定にうるさい先輩社員と、やたらと現場主義な48歳の杉本課長の間で、毎日をやり過ごしている。

その“課長”が、今、目の前にいる。
グレーのポロシャツに、阪神のレプリカキャップ。右肩にはビジター限定のユニフォームを抱えていて、チーム愛は重すぎるほど伝わってくる。
「暑うなると思ってたけど、風あるでよかったな」
バンテリンドームの入場ゲート。曇り空の下で言われたそのひと言に、僕は小さくうなずいた。

プライベートで上司と野球観戦。
会社では誰にも言っていない。もちろん断る理由は探した。でも、「おまえ阪神ファンやろ?」と、日付指定で誘われたら逃げにくい。

最初はほんの少しだけ、“話が合うかも”と期待した。
でも現実は、話すたびに“すでに知ってること”を上から目線で言われる繰り返しで、正直、疲れている。

「今日の予告先発、見たか?」
「松葉ですよね」
「いやいや、ウチは伊原。松葉は中日やがね」
鼻で笑うような声。

正直、それ昨日のLINEでも言ってたし、朝の集合場所でも聞いた。
毎回、“初めて言うみたいなテンション”で繰り返されるのが、しんどい。


ドームに入ると、冷房の冷気が肌に当たった。
外気とのギャップに少し身震いしたが、課長は「快適やな」と笑った。
「そうですね」とだけ返す。

席は三塁側、中段。周囲は阪神ファンばかりで、知らないおじさんたちが自然に喋っている。
その中で、課長の声はひときわ大きい。

「昨日の中野の最後のストライク、あれ絶対ボールやったやろ?」
「……そうですね」

SNSでも見飽きたし、言われなくても知っている。
でも、課長は満足げに続ける。
「まあ、そーゆーのも野球の醍醐味やて」
「……はあ」

うなずくしかない。
せっかくの日曜日くらい、黙って野球が観たかった。

「今日は松葉やろ?左腕やし、レフトは豊田で決まりやな。
右打ちで左に強いし、相性考えたら豊田や」

もちろん、僕も朝から予想スタメンを想像してきた。
でも課長は、“言いたくてたまらない”感じでそれを口にする。

そういうところだ。
誰でも知ってる情報を、自分だけが気づいたかのように話す感じ。
職場でも、何度もあった。

バックスクリーンにスタメンが映る。
4番レフト、佐藤輝明。6番サード、ヘルナンデス。

三塁側から「おおっ」という声が上がった。
横を見ると、杉本課長は黙っていた。
口を開きかけて、やめたような仕草。

豊田じゃなかったことより、“外した自分”を認めたくなかったのかもしれない。

僕は、何も言わなかった。
ただ、その杉本課長の悔しそうな沈黙が、少しだけ、心地よかった。


2回表、佐藤が出塁。
続く大山の内野ゴロで、相手の守備が乱れた隙をつき、三塁を狙ってアウト。チャンスは潰えた。

「ありゃ、走らんでもよかったがね」
課長が当然のように言う。

たぶん、セーフだったら「神走塁や!」って言ってたと思う。
そんなふうに、プレーに正解を与えたがる人。
黙って聞き流すうちに、試合は淡々と進んだ。

5回、大山がヒット。ヘルナンデスが四球でつなぐ。
「おーし!」と課長が声を上げる。

僕もガッツポーズをしていた──心の中でだけど。
理由は多分、課長とは少し違う。

課長は一発を望んでいたけど、僕は、ヘルナンデスがしっかり見極めたことに希望を感じていた。
彼はこれから、チームを支えていくかもしれない。

木浪の送りバント、そして坂本がスクイズを見事に決めた。
欲しかった1点がようやく入った。

「なんや、スクイズか」と課長がこぼす。
派手さを求めていたのだろう。

でも僕は、その1点に“今日の阪神”を見た気がした。
泥くさくても、こういう1点が勝利に繋がる──そう信じたい。

しかし直後、5回裏。
伊原が2アウトから急に崩れ、3連打で同点にされる。1−1。

「痺れる展開ですね」
僕がそう言うと、課長は静かに答えた。

「そうやな。バンテリンの中日戦は、いつもこうや」
その声に、ほんの少しだけ“同じ阪神ファン”の空気が流れた。
僕は一瞬だけ、視線を落とした。


7回表、ヘルナンデスの二塁打でチャンス。
でも代打・渡邊は三振、得点は入らなかった。
「どないするんだがね」と課長。
「本当ですよ」と僕。

8回、この日も救援陣は忙しい。湯浅が回跨ぎでマウンドに立つ。
「湯浅最高やね」
「はい、昨日の岩貞もよかったです」

その返事に、自分でも驚くほど熱がこもっていた。

9回表、熊谷がヒットで出塁し、木浪がきっちりここでも犠打を決める。おまけに中日は、マルテの送球エラーまで重なって、ノーアウト2・3塁。
バッターは坂本。
初球。その一打は、左中間をきれいに破った。

「おい、橋本ぉぉ!!」
課長の叫び声が響いた。

そのまま僕の肩を抱きしめてくる。
戸惑ったけれど、僕も立ち上がり、肩を組んで六甲おろしを叫んでいた。

勝利の瞬間。
課長は笑いっぱなしだった。


球場を出たところで、杉本課長が言った。

「ほんま、お前と来れてよかったわ」

一瞬、驚いた。そんなふうに言ってくるなんて全くの予想外だったから。
でもすぐに、こう返していた。

「……はい、僕もです」

いつもなら出てこない素直な言葉。
でも今日は、それを渡してみたかった。


【今日のスコア】 阪神 5 – 1 中日(バンテリンドーム)

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