【甲子園】阪神村上がマダックス勝利。森下・佐藤がタイムリー 阪神2−0中日【阪神タイガース観戦記】

阪神タイガース観戦記

27歳、広告会社勤務の西川 美緒。彼氏と一緒にいる時間の意味を探していた彼女が、“100球未満の完封”に見たのは、迷わず選びきる誰かの背中だった。
── 阪神タイガース2−0中日。マダックス完封の村上、そして森下と佐藤のタイムリーに揺れた午後。

未来の話はしないで 〜阪神タイガース観戦記2025年5月10日

「あんた、全然変わってへんやん」

電車の揺れと同じくらい、軽い調子で中谷すずかが笑った。
「結婚式で会ったやん。そんなすぐ変わらへんて。」わたしが答える。

そんな会話は心地よく、窓の外にちらりと見えた甲子園球場が、ちょっとだけ胸をくすぐった。

すずかは高校の同級生で、去年結婚した。今日は本当は旦那さんと来るはずだったチケットが余ったらしい。
「そういや高校のときから、美緒って阪神好きやったやんな?」とメッセージが来たのは、三日前の夜だった。

「家からユニフォーム着てくるとは思わんかったわ〜」
黄色のジャージを指差して、隣でケタケタ笑ってる。

わたしはその言葉に、ただ「せやな」とだけ返した。
昨日豊中の実家に寄って、父から借りてきたファンクラブのユニフォーム。
父は、やたらと大山のユニフォームを勧めてきたが、黄色が可愛いのでこれにした。


雲の隙間から太陽が顔を出す、広くて眩しい甲子園で、阪神の先発・村上がマウンドに立っていた。

中日の先発もエース高橋。
すずかの「今日、ええ投手同士やん。打てるかなあ」という一言に、わたしは「まあ、ロースコアやろな」と少し知ったかぶりで返す。
そう言える程度には、最近また野球を見ている。自分でも理由はよくわからないけれど。

初回、森下のバックホームで失点を防いだプレーは、スタンドの熱気を一気に高めた。
わたしも気づけば、さっき売店で買ったばかりの中野のタオルを強く握っていた。

その裏、森下のタイムリーで中野が生還した時、すずかが小さく「さっきのと同じ展開やな」と呟いた。
確かにそうだった。中日は決めきれなかったけど、阪神は……決めた。


試合が淡々と進むあいだ、ふと、付き合って二年になる彼の、あの言葉が頭をかすめた。

「引っ越すなら、会社から30分以内がいいなって思って」

あのとき、「ふーん」とだけ返した。
本当は、その“引っ越す”に、わたしが含まれていたことぐらい、わかっていた。

わかってたくせに、わたしは気づかないふりをした。
話を変えたのは、彼じゃなくて、わたしだった。


6回、近本が出塁し、中野が送って、森下は凡退。
「ん〜、こんな時もあるって」
すずかがため息をついたから、わたしはそう言ってみた。

でも、その後に佐藤がタイムリーを打った時、
思わず立ち上がったすずかの背中を見ながら、心のどこかで思っていた。

「この人は、ちゃんと“進んだ”んやな」って。


7回、8回、村上は変わらず淡々とアウトを重ねていく。
そして9回、ランナーを背負いながらも、最後はゲッツーで試合終了。

「マダックスやん」
後ろの席の誰かがそう言った。わたしには意味がわからなかったから、すぐスマホで検索した。

── 100球未満での完封勝利。

それは、潔く決断できた人の数字だった。
今日を迷わず投げきった、村上のその背中がまぶしかった。

でも、わたしはまだ、答えを出したくない。
出せないのではなく、出したくないのだと思う。


すずかは「うちの旦那も、村上くらいシュッとしてたらいいのに」と笑った。
わたしはスマホを見つめたまま、返事をしなかった。

未読のままのLINE通知が、画面の下のほうにずっと残っていた。
開くかどうか、迷っている。

未来の話はしないで。

スタンドの歓声はまだ続いている。
未来って、考えないようにしてると、ちょっとだけ軽い。

【今日のスコア】  阪神2-0中日 @甲子園球場



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