【バンテリンドーム】佐藤輝明の同点弾も実らず 阪神アウェー連勝ストップ|阪神タイガース観戦記|2025年4月29日

阪神タイガース観戦記

中日戦。佐藤の同点弾、湯浅の復帰、板山の活躍——再起が交差した一戦を、介護職の主人公が見つめた祝日の午後。心が静かに揺れる観戦記。

明日からではなく 〜阪神タイガース観戦記 2025年4月29日

石田ゆかり、三十五歳。
名古屋市内の特別養護老人ホームで、十年以上介護士として働いている。
朝早く、まだ薄暗い時間に家を出て、
制服に着替え、消毒液のにおいが漂う廊下を歩く。
誰かの一日を、静かに支える仕事。
慣れたはずの毎日なのに、最近は、胸の奥がすり減っている気がしていた。

そんなときだった。
「チケット、取れたよ。たまには気分転換にどう? 阪神好きだったでしょ」
職場の先輩が、笑いながら差し出してきた。
深く考えず、わたしは頷いた。
そうして今日は、バンテリンドームの三塁側に腰掛けている。

阪神タイガースのユニフォームを着た子どもたちが、旗を振っている。
その光景に、胸がふわりとした。
小学生の頃、父と一緒に応援していた日のことを、少しだけ思い出した。

試合は、序盤から重かった。
才木くんも、どこかいつもと違う感じがした。
出塁しても、走者は進めず、スコアボードには0が並ぶ。
もどかしい空気が、スタンドにじんわりと広がっていた。

そんな中、四回表。
佐藤輝明が打席に立った。
子どもたちがスタンドで飛び跳ねる。
「さとうー!」
その声に押されるように、佐藤はバットを振った。
乾いた打球音。
ボールはぐんぐん伸びて、ライトスタンドへ吸い込まれた。

スタンドが、一気に沸き上がる。
わたしも、思わず手を叩いていた。
ひと振りで流れを変えた。
誰かに頼るんじゃなく、自分で流れを引き寄せた、その姿がまぶしかった。

だが、野球は甘くない。

五回裏、板山祐太郎が鋭い打球を放った。
二塁線を破り、外野を転々と転がる。
かつて阪神に在籍していた選手。
今はユニフォームを変え、新しいチームで、また一歩、踏み出している。

「あの人も、きっと簡単じゃなかったんだろうな」
わたしは、心の中でそっとつぶやいた。
新しい場所で、また立ち上がる。
それがどれほど大変なことか、少しだけ自分にもわかる気がした。

そして、七回。

「ピッチャー、湯浅!」

場内アナウンスが響いた瞬間、
バンテリンの万の瞳が、湯浅京己を見つめた。

グラブを握りしめ、湯浅がマウンドへ向かう。
国指定の難病を乗り越えて、
二年ぶりに、この場所へ戻ってきた。

2022年の活躍は、色あせることなく、
多くの阪神ファンの心に刻まれているはずだ。

わたしも、無意識に手を合わせていた。

湯浅の姿に、
201号室の三浦さんの顔が重なった。

リハビリのたびに「無理だ」と首を振っていた三浦さん。
でも先週、わたしの手を借りずに、廊下を半分も歩いた。
「おっ、今日は歩けたな」
食堂でそう言ってくれたのは、204号室の林さんだった。
わたしが言うより先に、三浦さんの表情が、少しだけほころんだ。

その顔を見たとき、
わたしは、「誰かが少しだけ前に進む姿を、静かに見守ること」
それが、自分にできる大事な仕事なんだと気づいた。

試合は、4対1で中日の勝ちだった。
阪神ファンのため息が、ドームの天井に吸い込まれていく。

17時すぎ、外に出ると、
空はまだ青みが残っていた。
だけど、昼間の陽射しはもうなく、
夕方の風が、ほてった頬に心地よかった。

わたしは、カバンからシフト表を取り出した。
指先で、明日担当する部屋をなぞる。

——203号室の佐伯さん。
——205号室の藤田さん。

明日から、じゃない。

歩き出す足に、さっきまで感じていた重さはなかった。

誰かに渡したい。
小さな勇気とか、ほんの一粒の笑顔とか。

湯浅がマウンドに立ったように。
板山が別のチームでバットを振ったように。
佐藤が一振りで空気を変えたように。

わたしも、自分の大切なあの場所で、ちゃんと向き合おう。
あの人たちに、もう一度。

【今日のスコア】
2025年4月29日(火)@バンテリンドーム
中日 4 – 1 阪神

📘この記事は「TIGERS STORY BLOG」の投稿です。


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