【バンテリンドーム】佐藤輝明の同点弾も実らず 阪神アウェー連勝ストップ|阪神タイガース観戦記|2025年4月29日

阪神タイガース観戦記
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中日戦。佐藤の同点弾、湯浅の復帰、板山の活躍——再起が交差した一戦を、介護職の主人公が見つめた祝日の午後。心が静かに揺れる観戦記。

試合概要・あらすじ

2025年4月29日、バンテリンドームで行われた阪神タイガース対中日ドラゴンズの一戦。序盤からもつれた試合展開となり、阪神は4回に佐藤輝明のソロホームランで同点に追いつくも、その後中日に突き放され1-4で敗戦。連勝はストップしたものの、湯浅京己の復帰登板、かつて阪神に在籍した板山祐太郎の活躍など、再起をテーマとした印象深い試合となった。観戦した介護士の石田ゆかりにとって、選手たちの姿は自分の仕事への向き合い方を見つめ直すきっかけとなった。

明日からではなく 〜阪神タイガース観戦記 2025年4月29日

介護士として歩む日々〜疲れた心と仕事への想い

石田ゆかり、三十五歳。

名古屋市内の特別養護老人ホームで、十年以上介護士として働いている。

高校卒業後、専門学校で介護福祉士の資格を取得。最初は希望に満ちてこの仕事を選んだ。人の役に立ちたい、誰かの支えになりたい。そんな純粋な気持ちからスタートした介護の道だった。しかし、現実は想像以上に厳しかった。

朝早く、まだ薄暗い時間に家を出て、 制服に着替え、消毒液のにおいが漂う廊下を歩く。

朝の6時半には職場に到着し、夜勤スタッフからの申し送りを受ける。入居者の夜間の様子、体調の変化、注意すべき点。一人ひとりの状況を頭に入れ、その日の業務が始まる。食事の介助、入浴の手伝い、排泄の世話、薬の管理。やることは山ほどあり、休憩時間もままならない日が多い。

誰かの一日を、静かに支える仕事。

慣れたはずの毎日なのに、最近は、胸の奥がすり減っている気がしていた。

特にここ数ヶ月は、職員の退職が相次ぎ、残されたスタッフの負担が増していた。一人ひとりにもっと時間をかけてあげたいのに、効率を求められる現実。理想と現実のギャップに、心が疲れていた。家に帰っても、入居者の顔が浮かんで、眠れない夜もある。

そんなときだった。

「チケット、取れたよ。たまには気分転換にどう? 阪神好きだったでしょ」

職場の先輩が、笑いながら差し出してきた。

先輩の名前は佐々木恵子。ゆかりより5歳年上で、この施設の主任を務めている。いつも明るく、スタッフのことを気にかけてくれる頼れる存在だ。最近のゆかりの様子を心配して、声をかけてくれたのだろう。

深く考えず、わたしは頷いた。

実は、ゆかりが阪神ファンになったのは小学生の頃。父親の影響で、よく一緒にテレビで阪神戦を見ていた。父は大の阪神ファンで、勝った時も負けた時も、熱く語ってくれた。しかし、父が他界してからは、野球から遠ざかっていた。

バンテリンドームへ〜久しぶりの野球観戦

そうして今日は、バンテリンドームの三塁側に腰掛けている。

バンテリンドームに来るのは初めてだった。名古屋在住でありながら、これまで野球観戦に足を向ける余裕がなかった。ドーム球場特有の閉塞感があるかと思っていたが、意外に開放的で、人工芝の緑が鮮やかに映えている。

阪神タイガースのユニフォームを着た子どもたちが、旗を振っている。

その光景に、胸がふわりとした。

アウェーの球場にもかかわらず、黄色いユニフォーム姿のファンが目立つ。関西から駆けつけた人も多いのだろう。子どもから年配の方まで、年齢を問わず同じチームを応援する一体感が、球場全体を包んでいる。

小学生の頃、父と一緒に応援していた日のことを、少しだけ思い出した。

父との記憶は、どれも温かい。仕事で疲れて帰ってきても、阪神戦の中継が始まると目を輝かせていた父。「ゆかりも一緒に応援しよう」と言って、よく膝の上に座らせてくれた。選手の名前を覚えるのが楽しくて、打率や防御率まで暗記していた時期もある。

序盤の重い空気〜才木の不調と膠着状態

試合は、序盤から重かった。

才木くんも、どこかいつもと違う感じがした。

才木浩人。阪神の先発ローテーションの一角を担う右腕投手。いつもなら安定した投球を見せる彼だが、この日は制球が定まらず、ストライクゾーンへの出し入れに苦労している様子だった。

出塁しても、走者は進めず、スコアボードには0が並ぶ。

もどかしい空気が、スタンドにじんわりと広がっていた。

野球観戦から遠ざかっていたゆかりにとって、試合の細かい流れは分からない部分も多かった。しかし、スタンドの雰囲気で、今が良い状況ではないことは伝わってくる。阪神ファンたちの表情も、どこか重い。

中日の攻撃も同様に決定打を欠き、両チーム無得点の状態が続く。こういう膠着した試合展開を「投手戦」と呼ぶのだということを、ゆかりは昔父から教わったことを思い出した。

佐藤輝明の一発〜流れを変える瞬間

そんな中、四回表。

佐藤輝明が打席に立った。

子どもたちがスタンドで飛び跳ねる。

「さとうー!」

佐藤輝明は、今の阪神の4番打者。若くして主軸を任され、ファンからの期待も大きい。特に子どもたちには絶大な人気があり、彼の打席になると球場の雰囲気が変わる。

その声に押されるように、佐藤はバットを振った。

乾いた打球音。

ボールはぐんぐん伸びて、ライトスタンドへ吸い込まれた。

スタンドが、一気に沸き上がる。

わたしも、思わず手を叩いていた。

ゆかりは立ち上がり、周りの阪神ファンと一緒に拍手をしていた。久しぶりに感じる、野球の醍醐味。一打で試合の流れが変わる瞬間の爽快感。胸の奥に眠っていた、野球への情熱が蘇ってくる。

ひと振りで流れを変えた。

誰かに頼るんじゃなく、自分で流れを引き寄せた、その姿がまぶしかった。

介護の現場でも、こんな瞬間がある。なかなか立ち上がれなかった入居者が、ある日突然歩き始める。誰の手も借りず、自分の力で一歩を踏み出す。その瞬間に立ち会えることが、この仕事のやりがいでもあった。

再起への想い〜板山の活躍と湯浅の復帰

だが、野球は甘くない。

五回裏、板山祐太郎が鋭い打球を放った。

二塁線を破り、外野を転々と転がる。

かつて阪神に在籍していた選手。

今はユニフォームを変え、新しいチームで、また一歩、踏み出している。

板山祐太郎。2021年から2023年まで阪神でプレーし、今季から中日に移籍した内野手。阪神時代はレギュラーを掴めずに苦しんだが、中日では新天地で活躍の場を見つけているようだった。

「あの人も、きっと簡単じゃなかったんだろうな」

わたしは、心の中でそっとつぶやいた。

新しい場所で、また立ち上がる。

それがどれほど大変なことか、少しだけ自分にもわかる気がした。

ゆかり自身も、何度か転職を考えたことがある。より良い待遇を求めて他の施設に移ることも可能だった。しかし、入居者との関係性、同僚との信頼関係を一から築き直すことの大変さを考えると、なかなか踏み切れずにいた。

そして、七回。

「ピッチャー、湯浅!」

場内アナウンスが響いた瞬間、 バンテリンの万の瞳が、湯浅京己を見つめた。

グラブを握りしめ、湯浅がマウンドへ向かう。

国指定の難病を乗り越えて、 二年ぶりに、この場所へ戻ってきた。

湯浅京己。2022年シーズンに阪神でブレイクを果たした左腕投手。しかし翌年、難病を患い長期離脱を余儀なくされた。多くのファンが復帰を待ち望んでいた選手の一人だった。

2022年の活躍は、色あせることなく、 多くの阪神ファンの心に刻まれているはずだ。

わたしも、無意識に手を合わせていた。

湯浅の姿に、 201号室の三浦さんの顔が重なった。

リハビリのたびに「無理だ」と首を振っていた三浦さん。

でも先週、わたしの手を借りずに、廊下を半分も歩いた。

「おっ、今日は歩けたな」

食堂でそう言ってくれたのは、204号室の林さんだった。

わたしが言うより先に、三浦さんの表情が、少しだけほころんだ。

その顔を見たとき、 わたしは、「誰かが少しだけ前に進む姿を、静かに見守ること」 それが、自分にできる大事な仕事なんだと気づいた。

試合は、4対1で中日の勝ちだった。

阪神ファンのため息が、ドームの天井に吸い込まれていく。

17時すぎ、外に出ると、 空はまだ青みが残っていた。

だけど、昼間の陽射しはもうなく、 夕方の風が、ほてった頬に心地よかった。

わたしは、カバンからシフト表を取り出した。

指先で、明日担当する部屋をなぞる。

——203号室の佐伯さん。

——205号室の藤田さん。

明日から、じゃない。

歩き出す足に、さっきまで感じていた重さはなかった。

誰かに渡したい。

小さな勇気とか、ほんの一粒の笑顔とか。

湯浅がマウンドに立ったように。

板山が別のチームでバットを振ったように。

佐藤が一振りで空気を変えたように。

わたしも、自分の大切なあの場所で、ちゃんと向き合おう。

あの人たちに、もう一度。

本日の試合結果

【今日のスコア】 2025年4月29日(火)@バンテリンドーム 中日 4 – 1 阪神

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