試合概要・あらすじ
2025年7月26日、甲子園球場で行われた阪神対横浜DeNA戦は、才木浩人の完封勝利で阪神が2-0で勝利した。オールスター明け後半戦初戦を白星で飾った阪神。1回裏に大山悠輔の適時打で先制し、6回裏には佐藤輝明が今季26号ホームランを放ち勝利を決定づけた。才木は9回を4安打無失点の好投で坂本誠志郎とのバッテリーで久々の完封勝利を収めた。
美容専門学校講師の坂下真央(33歳)と生徒の樋口詩音(19歳)が織りなす、初夏の甲子園物語。授業終わりの何気ない会話から生まれた約束で、二人は初めて一緒に甲子園を訪れることになった。横浜DeNAの度会ファンである詩音の「一度甲子園に行ってみたい」という言葉に、真央は三年ぶりに球場へ足を向ける。日中最高気温34度の猛暑の中、初めての甲子園に目を輝かせる詩音と、仕事に追われて野球を見ることを忘れていた真央。師弟が甲子園で見つけた「教えることの本当の意味」とは。才木の完封劇と佐藤の一発に彩られた、特別な夏の夕方の物語。
ドライカットの夕暮れ〜阪神タイガース観戦記2025年7月26日
美容講師と生徒、初夏の甲子園へ
美容専門学校の授業が終わったあと、詩音がふいに言った。
「先生、甲子園って一回行ってみたかったんです」
「え、野球見るん?」
「はい。横浜と度会くんのファンです。生で見たら絶対楽しいやろなって」
「でも、甲子園のチケットってそんな簡単に取れへんで」
「実は、友達がキャンセルして余ったやつがあるんです。だから先生と一緒に行けたらなって」
少し考えたあと、真央は笑った。
「ほな、せっかくやし行こか。久しぶりやし」
そんな約束が、今日につながっている。
甲子園駅の改札を抜けると、熱気がむわっと顔を叩いた。
駅前の人混みは、いつもの土曜日の倍以上に見えた。縦じまのユニフォームを着た人々が、蟻の行列のように球場に向かって歩いている。応援グッズを手にした親子連れ、ビールの缶を既に開けているおじさんたち、メガホンを首からぶら下げた常連らしき男性。時々、ブルーのユニフォームを着た横浜ファンの姿も見える。
ふとスマホを見ると、午後五時を回ったというのに気温は三十四度。湿度六十一パーセント。天気アプリが無慈悲に現実を突きつけてくる。
「うわあ、めっちゃ暑い」
隣で詩音が声を上げる。白いTシャツにデニムスカート、厚底のサンダルという格好で、額にうっすら汗をかいていた。透明な氷のようなヘアクリップ、カチゴリピンで前髪を留めて、黒いトートバッグを肩にかけている。度会の背番号が入ったスマホケースを握りしめながら、初めての甲子園にきょろきょろと視線を泳がせていた。
「もう五時やのに、この暑さは堪らんな」
坂下真央は黒いキャップのつばを少し下げて、眉間にシワを寄せた。白いシャツワンピにスニーカーという格好は涼しげに見えるが、セミロングのレイヤーが首筋に張り付いて不快だった。ピンクベージュに染めた髪が、この息苦しい空気でまとわりついている。
「あー、もうペットボトル半分なくなったで」
すぐ前を歩く中年男性が、汗を拭きながらぼやいている。
「今日の才木で勝ったら勢いつくでえ」
その隣の男性が手をひらひらと振りながら、汗を拭った。
「ほんまやな。暑いけど、今日は期待しとるで」
真央は無意識に二人の会話に耳を傾けた。阪神ファンの夏の風物詩。勝利への期待と、それ以上に大きな不安。
「先生、すごい人ですね」
詩音が瞳を輝かせて言った。韓国ブランドの大きめタンブラーを両手で抱えて、興奮を隠しきれずにいる。
「そやな。土曜のナイターやからな。夏休みやし」
真央は淡々と答えながら、詩音の髪型を観察していた。セルフでカットしたのだろう。毛先が少し揃っていない。でも、十九歳らしい自然なシルエットで、悪くはない。
「そうそう」詩音がスマホを手のひらでくるくる回しながら言った。
「最近ドライカットばっかり練習してるんやけど、肌にまとわりつく空気やと髪もまとわりついて。やっぱり夏場のカットって難しいなあ」
「湿気があると、カットラインが見えにくいしな」
真央の手が無意識に動く。ハサミを持つときの指の形。美容師の職業病だった。
「でも詩音ちゃんの髪、綺麗やん。自分でやったん?」
「はい、でも先生に教えてもらった通りにできてるかどうか…」
詩音が緊張したようにスカートの裾をいじる。真央は小さく笑った。
教えることと、実際にできることの間には、いつも距離がある。
「度会、今日スタメンかな」
前を歩いていた横浜ファンの会話が耳に入った。
「度会? 今、二軍らしいよ」
その言葉に、詩音の顔が一瞬曇った。
「あー、そうなんや……」
でも、すぐに気持ちを切り替えた。
「でも、生で野球見れるだけでテンション上がります!初めての甲子園やし」
その明るさが、真央には眩しかった。
歩きながら、真央は自分の最近のことを考えていた。
講師になって三年。以前は客の前に立って、一人ひとりの髪と向き合っていた。それが今は、教室で同じことを繰り返す毎日。生徒たちの質問に答え、実技指導をこなし、課題の添削をして。
–ふと気づくと、自分が野球を見ることを忘れていた。
昔は、仕事が終わると真っ先に試合結果をチェックしていた。勝った日は嬉しくて、負けた日は悔しくて。そんな単純な感情が、いつの間にか薄れていた。
猛暑の甲子園で感じた情熱の意味
甲子園球場の入り口が見えてきた。
レンガ色の外壁と、その向こうに聳える照明塔。詩音が「うわあ」と声を漏らした。本当に初めてなのだ。
「チケット、ちゃんと持ってる?」
「はい、大丈夫です」
詩音がトートバッグから慎重にチケットを取り出す。真央も自分のポケットを確認した。
ゲートをくぐると、コンコースの人の流れに巻き込まれた。売店の前には長い列ができていて、列に並ぶと唐揚げの油の匂いと揚げ物の熱気が顔を包んだ。汗をかいた人々の体温と混じって、むせるような空気が立ち込めている。
「先生、何か買います?」
「唐揚げとビール あんたまた19やっけ?」
「私はまだ…」
「あ、そっか。じゃあ、お茶でも」
列に並びながら、詩音が話し始めた。
「そういえば、今年のトレンドヘアって、やっぱりレイヤーですよね」
「そやな。でも、レイヤーも入れ方で全然印象変わるから」
真央は仕事の話になると、少し早口になる。
「詩音ちゃんみたいに顔の形が綺麗やったら、もう少し前髪短くしても可愛いと思うで」
「ほんまですか?でも、短くしすぎて失敗したら…」
「大丈夫やって。髪は伸びるから」
そう言いながら、真央は詩音の不安を理解していた。髪型は、その人の印象を大きく左右する。失敗を恐れるのは当然だった。
唐揚げとビールとお茶を受け取って、席に向かって歩く。コンコースは相変わらず人であふれていたが、詩音は楽しそうに周りを見回していた。
「先生、最近忙しそうやけど、大丈夫?」
不意に聞かれて、真央は足を止めそうになった。
「まあ、夏休み前やからな。生徒たちも検定試験の準備で必死やし」
「私も、もっと練習せな」
詩音が真剣な顔になる。
「でも、詩音ちゃんは真面目やから心配ないで。むしろ、たまには息抜きも大事や」
そう言いながら、真央は自分に言い聞かせているような気がした。いつから、自分は息抜きを忘れてしまったのだろう。
階段を上がって、三塁側の内野席に着いた。グラウンドが目の前に広がる。芝生の緑が、夕方の陽射しに照らされて美しい。
「わあ、広い」
詩音が感嘆の声を上げる。スマホを取り出して、動画を撮り始めた。
「SNSに上げるん?」
「はい。友達にも見せたいんで」
詩音の画面には、既に駅から球場までの風景が保存されていた。真央は自分のスマホを取り出したが、記録を残す気にはならなかった。代わりに、試合開始まであと三十分という表示を確認した。
周りの席も、だんだん埋まってきている。家族連れ、カップル、友人同士。みんな、それぞれの時間を過ごしている。
「先生は、いつから阪神ファンなんですか?」
「小学生の頃からかな。お父さんが阪神ファンやったから」
「じゃあ、もう二十年以上?」
「そうなるなあ」
長い間、阪神を応援してきた。でも最近は、試合結果すら確認しないことが多かった。仕事に追われて、気がつくと一週間分の試合をまとめて見ることもある。
それでも、こうして球場に来ると、胸の奥で何かが動く感覚があった。
「先生」
詩音が急に真剣な顔になった。
「度会くんみたいに明るくて一生懸命な人を見ると、自分も頑張ろって思えるんです」
真央は詩音の横顔を見つめた。
「たとえ今日出場しなくても、きっと二軍で一生懸命練習してると思うんです。そういうのを見てると、私も技術をもっと磨かないとって」
詩音の声には、純粋な憧れがあった。
「詩音ちゃんは、もう十分頑張ってるやん」
「でも、まだまだです。先生みたいに、人に教えられるレベルになりたいです」
その言葉が、真央の胸に突き刺さった。
–人に教えること。
最近の自分は、それが義務のような気がしていた。同じことを何度も説明して、同じミスを指摘して、同じアドバイスを繰り返して。
いつの間にか、美容師として感じていた創造の喜びが薄れていた。新しい技術への探求心も、お客様の笑顔を見たときの充実感も。
でも、詩音の言葉を聞いていると、違う見方ができるかもしれないと思った。
–教えることは、自分の情熱を削ることなのか。
それとも、生徒の情熱を通して、自分の情熱を再発見することなのか。
「先生?」
詩音が心配そうに声をかけた。
「ああ、ごめん。ちょっと考え事してた」
真央は小さく笑った。
グラウンドでは整備が行われ、スタンドを埋め尽くしたタイガースファンの縦じまユニフォームが夕陽に揺れていた。観客席からは、期待と不安が入り混じった声援が聞こえてくる。
詩音は相変わらずレンズ越しにグラウンドを眺めていたが、時々スマホを膝に置いて、じっと選手たちを見つめていた。その真剣な横顔を見ていると、真央は自分が忘れていた何かを思い出しそうになった。
純粋に何かを好きでいること。
それを誰かと分かち合うこと。
–技術を教えることと、情熱を伝えることは、もしかすると違うことなのかもしれない。
7月の熱気が少し和らぎ、オレンジ色の夕暮れに変わっていく光が球場を包み始めた。西の空が茜色に染まって、照明塔のライトがより鮮やかに感じられる。
詩音が大きめのタンブラーから麦茶を飲んでいる。セルフで施したピンクとシルバーのニュアンスネイルが、プラスチックのカップに映えていた。
「もうすぐ試合始まりますね」
詩音が嬉しそうに言った。
真央は頷いて、改めて球場を見回した。
この場所に、今日、自分がいること。
三年ぶりに、球場の空気を吸っていること。
そして、生徒である詩音と一緒に、この時間を過ごしていること。
偶然が重なって生まれた今日という日が、何かを変えるきっかけになるかもしれない。
場内アナウンスが流れ始めた。まもなく「プレイボール」の声が響く。
才木完封劇と佐藤のホームラン、師弟が見た阪神の勝利
スタメン発表が始まると、球場がざわついた。
「才木と坂本のバッテリーやって」
近くの常連らしきおじさんが連れに話している。
「久しぶりやな、あのコンビ」
真央も少し驚いた。梅野ではなく坂本。確かに珍しい組み合わせだった。
詩音がワクワクした顔でグラウンドを見つめている。その横で、真央も久しぶりに感じる期待感に包まれていた。
才木が初球を投げた瞬間、桑原がライト前に運んだ。観客席がざわめく。詩音が「え、もう」と驚く声が聞こえた。
二死三塁で四番の牧。詩音がスカートの裾をぎゅっと握りしめている。周りの息づかいも止まったような静寂。
才木のストレート。牧が見逃した。
球場が一斉に沸き上がった。真央も思わず手を叩いていた。
一回裏。DeNAのケイと対戦。近本、中野が倒れたが、森下が出塁。佐藤の打球がピッチャーマウンド頭上に上がった。DeNA内野陣が互いの動きを読み切れず、誰も追わないままボールが落ちる。
「あ、落ちた」詩音が身を乗り出す。
その後、大山がインコースの球をセンターへ弾き返した瞬間、球場が震えた。
「うわあ、あのフライ取ってればなあ」
詩音が悔しそうに手を握りしめる。その表情に、真央は微笑んだ。
三回裏。一死から中野、森下の四球でチャンス。佐藤のダブルプレーに、「あかんかあ」と真央がつぶやく。
四回、五回と膠着が続く。「なんかドキドキしますね」と詩音。「ほんまや。いつもハラハラやで」と真央が笑顔で返した。
六回裏。一死後、佐藤がライトスタンドに豪快な一発を放り込んだ。浜風をものともしない力強い打球。六甲おろしが響く中、真央は詩音を振り返った。
「詩音ちゃん。悪いけど勝つでえ」と真央は白い歯を見せてニッと笑った。
七回、八回。才木が淡々とアウトを重ねる。
「あのピッチャー打てる気しないんですけど」と詩音。
「そうやで、あれが才木やで」と真央は誇らしげに答える。
九回表。最終回の緊張感が球場を包む。佐野を空振り三振、牧をレフトライナー、宮崎をセカンドゴロ。
完封勝利。マウンドでガッツポーズする才木に、球場全体が歓声を上げた。
教えることの本当の意味を見つけた夜
球場を出る時、詩音が振り返った。
「今日、ほんまに楽しかったです」
「そやな。久しぶりにええ試合みれて良かった」
夜風が頬を撫ぜて、昼間の灼けるような暑さが少し和らいでいる。
「先生」
詩音が歩きながら言った。
「今日、度会くん出てなくても、野球って面白いなって思いました」
「そうやろ?」
「それに、先生が楽しそうに試合見てるの見てたら、私も野球好きになりそうです」
真央は足を止めた。
詩音の言葉が、胸の奥で何かを溶かしていく。
教えることは、自分の情熱を守ることなのか。それとも失わせることなのか。
今日、答えが見えた気がした。
–教えることは、情熱を分かち合うことなのかもしれない。
自分が野球を好きになったように、美容師という仕事を選んだように。その気持ちを伝えることは、自分の情熱を減らすのではなく、増やすことなのかもしれない。
「詩音ちゃん」
「はい?」
「次からの授業、もう少し楽しくしようか」
「えっ?」
「技術も大事やけど、美容師になる楽しさも教えたいし」
詩音が嬉しそうに言った。
「ほんまですか?」
「ほんまや。今日みたいに、一緒に楽しめることがあるって分かったから」
甲子園駅に向かう道すがら、真央は思った。
今日という日は、偶然の重なりで生まれた。でも、その偶然が教えてくれたことがある。
情熱は、独り占めするものではない。
誰かと分かち合うことで、より大きく、より深くなるものなのだ。
詩音がスマホを両手で持ちながら、今日の画像を眺めている。その表情は、試合開始前とは明らかに違っていた。
何かを掴んだような、確信めいた明るさがあった。
「先生、機会があったら、また一緒に見に来てもいいですか?」
「もちろんや」
真央は笑った。
「また今度、度会くんが一軍にいる時に来れたらいいな」
改札に向かう人の流れに身を任せながら、真央は思った。月曜日からまた、いつもの授業が始まる。でも今度は、少し違った気持ちで教壇に立てそうな気がした。
深くなっていく夏の夜が、二人を包んでいた。
本日の試合結果
阪神 2-0 横浜DeNA(甲子園球場)
【阪神】才木 完封勝利 – 坂本
【DeNA】ケイ、森原、中川 – 山本
得点経過
1回裏:大山適時打で阪神先制(阪神1-0DeNA)
6回裏:佐藤輝明26号ソロホームラン(阪神2-0DeNA)
本塁打
佐藤輝明26号(6回裏ソロ)
📌 観戦メモ(持ち込みルール&持ち物)
・球場ごとに飲料容器や容量の規定が異なります。来場前に最新の公式案内をご確認ください。
・傘が使えない席が多いため、雨天時はレインポンチョ推奨。
・暑さ/寒さ対策と両手が空く軽装が快適さの近道です。
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