試合概要・あらすじ
2025年7月20日、東京ドームで行われた阪神タイガース対読売ジャイアンツ戦。先発は阪神がデュプランティエ、巨人は赤星優志の投手戦となった。2回表に小幡竜平が先制ホームランを放ち阪神が先制。4回表にも小幡が犠牲フライを放ち2点目を奪う。4回裏に巨人が1点を返すも、阪神投手陣が踏ん張り岩崎が9回を完璧に締めて2-1で勝利を収めた。
この試合を観戦したのは、大手アパレル法人営業の木谷浩輔(38歳)と元上司の清水勇作(55歳)。リモート営業中心の現代的な働き方にモヤモヤを感じる浩輔と、阪神戦観戦がバレてリストラされた人情派営業マンの清水。二人が東京ドームで過ごした一日を通じて、「効率化」と「人との繋がり」について考える物語。
全件阪神 〜阪神タイガース観戦記2025年7月20日〜
元上司からの突然の誘い
日曜の朝、木谷浩輔はいつものようにコーヒーを淹れながら、昨夜のLINEを思い出していた。送り主は清水勇作。元上司の名前を見た瞬間、胸の奥がきゅっと締まった。
『浩輔くん、元気にしとる?明日東京ドームで阪神戦やるねん。チケット2枚取ってたんやけど、行く相手がおらんくなってしもて…一緒に行かへんか?』
清水さん。あの人が東京にいることは知っていた。リストラされた経緯も、もちろん知っている。半年前、「体調不良で直帰します」と連絡した日に、東京ドームで阪神戦を観戦。しかも興奮のあまり、佐藤輝明がホームランを打った瞬間の自分の喜ぶ姿をSNSにアップしてしまった。
翌日、人事部から戻ってきた時の清水さんの青ざめた顔を、浩輔は今でも思い出せる。人事部は容赦なかった。現場で汗をかく営業スタイルが「時代遅れ」と評価されていた清水さんにとって、それは致命的だった。今は転職活動をしながら、たまにアルバイトをして生活しているらしい。
関西出身の清水さんは、浩輔の入社時の直属上司だった。
足で稼ぐ営業を信条とし、顧客先を一軒一軒回って人間関係を築いていく昔ながらのスタイル。部下である浩輔のことも距離感なく可愛がってくれて、いつも「浩輔くん」と呼んでいた。
あの頃の清水さんは、営業成績も良く、誰からも頼りにされていた。でも、そんな清水さんでも、時代の変化についていけなかったのだ。
浩輔は返信に迷った。正直なところ、最近の仕事にモヤモヤを感じていた。ZOOMで商談を済ませ、チャットで報告を送り、数字だけが評価される。効率的で、無駄がない。でも、どこか物足りなかった。人と話すことが好きで営業を始めたはずなのに、最近は顧客と笑い合うことすらほとんどない。
『行きます』
気づけば、そう返事を打っていた。
東京ドームでの再会と謎の手帳
東京ドーム入場ゲート前。約束の時間より少し早く着いた浩輔は、人混みの中で清水さんを探した。関西弁の大きな声が聞こえて振り返ると、いつもの人懐っこい笑顔があった。
「おお、浩輔くん!久しぶりやな」
清水さんは変わっていなかった。年齢よりも若く見える体格と、人を安心させる笑い方。そして、胸ポケットから覗く茶色い手帳。
「またそれ使ってるんですか?」浩輔は苦笑いした。
「せやで。これがあらへんと落ち着かんのや」清水さんは手帳を軽く叩いた。「今の営業、足で稼がんのやろ?全部パソコンとスマホで済むんやろうけど、わしはアナログ人間やからな」
三塁側アルプス席に着くと、周りの阪神ファンの会話が聞こえてきた。
「藤浪くん、DeNAか」
「阪神じゃないんだね」
「うーん。メジャーを震撼させたストレートが今度はうち向けられるのか」
「しかもDeNAってビシエドも取ったんだね」
「うん。なんか気合入ってるよねえ」
清水さんも話に加わった。「今日は巨人先発赤星やって、打てるかなあ」
「デュプランティエも巨人戦では勝ってないしどうなんだろうね」隣の席のファンが応じる。
「それにしてもドラゴンズなんなの?なんであんなムキになるの阪神に」
「ホントそれ、普通に強いんだけど」
清水さんは笑いながら相槌を打ち、また手帳に何かを書き込んだ。
浩輔は不思議に思った。球場でも何かメモすることがあるのだろうか。
「清水さん、何書いてるんですか?」
「ああ、これ?」清水さんは手帳を軽く閉じた。「まあ、いろいろや。気になったこと書いてるだけ」
何だか歯切れが悪い。浩輔は不思議に思った。「仕事じゃないのに、メモ取るんですか?」
「昔からの癖やな。人と話しとったら、おもろいことようけ出てくるやろ?それ忘れたくないねん」
清水さんは手帳をポケットに仕舞い込んだ。
中身が見えそうで見えない。あの茶色い手帳には、いったい何が書かれているのだろう。
清水さんの言葉に、浩輔は小さく胸が痛んだ。最近の自分は、顧客との会話でも「おもしろいこと」を見つけようとしていただろうか。成約に繋がる情報ばかり追いかけて、人として向き合うことを忘れていたかもしれない。
両チームの選手紹介が始まり、スタンドが盛り上がる。清水さんは興奮した様子で、また例の手帳を取り出してペンを走らせている。
「清水さんのやり方って、今思えば…」浩輔は言いかけて止めた。
「何や?」
「いえ、なんでもないです」
でも心の中では、ひとつの疑問がぐるぐると回っていた。この人のやり方は、ほんとうに古かったんだろうか?今のリモート営業・数字優先の働き方と、清水さんのような「人と笑う営業」は、どちらが間違ってなかったのか?
清水さんが「おー、始まるで」と声を上げた。浩輔も謎めいた手帳に視線を向けながら、東京ドームのマウンドに目を向ける。
──現場で感じて、書いて、笑う。そんな清水さんの姿に、自分の仕事にはない「体温」を感じ始めていた。
小幡の活躍と投手戦の緊張感
プレーボールの声が響くと、三塁側アルプスが一斉に立ち上がった。浩輔も清水さんに合わせて立ち上がりながら、久しぶりの球場の熱気に包まれる。
一回表、阪神の攻撃から試合開始。巨人の先発・赤星が阪神打線と向き合う。近本をレフトフライに打ち取ると、続く打者も次々と倒れ、赤星は三者凡退の上々な立ち上がり。
一回裏、今度は阪神のデュプランティエがマウンドに立つ。巨人の先頭打者・丸が放った打球は大きなライトフライ。続く打者2人もフライアウトで、三者連続のフライアウト。
「やっぱり緊張感あるなあ、巨人戦は」清水さんがビールを一口飲みながらつぶやいた。勝ち星に差はついているが、巨人戦はいつも投手戦の予感がする。
二回表、阪神の攻撃。先頭は佐藤輝明。昨日の特大ホームランの記憶が鮮明で、スタンドがざわめく。「これ、期待できるぞ」清水さんは興奮を隠せない様子でハイボールを煽った。
が、佐藤の打球はセカンドゴロで凡退。続く大山もレフトフライに倒れる。「あかんかあ」清水さんがうなだれる横で、浩輔は小幡の打席を見つめていた。
赤星の三球目。緩い変化球を、小幡が思い切り振り抜いた。打球は昨日の佐藤のホームランと同じようなライトスタンド中段に飛び込むホームラン。まさかの小幡のホームランに「ここで打つんかーい」と清水さんは突っ込みながらもご満悦だ。
浩輔も思わず拍手していた。いつも日替わりで活躍する選手がいる。
小幡にしろ高寺にしろ、ちゃんと若手も育てながら戦っている気がする。
──今年の阪神は。
清水さんが手帳を取り出し、何かを書き込んでいる。浩輔は横目でちらりと見たが、文字が小さくて読めない。
三回裏、デュプランティエの様子がおかしくなり始めた。先頭の赤星への四球を見て、浩輔は心配そうにつぶやいた。「なんか明らかにおかしくないですか、今日のデュープ」
清水さんも眉をひそめる。「コントロールがあかんな」
続く一番・丸を空振り三振に取って、ほっと息をついた直後、デュプランティエがまさかの連続四球。スタンドがざわめき始めた。一死満塁という最悪の展開。
「どうすんねんこれ。相手四番やぞ」清水さんの声が上ずる。打席に入るのは増田陸。
負傷の四番岡本に代わって四番に座る選手で、確実にパンチ力がある。
増田が打ち上げた打球はライトへのフライ。森下がキャッチしたが三塁走者は動けず。清水さんが安堵の表情を浮かべる。「助かったなあ。ピッチャーやもんな、三塁」
四回表、阪神の反撃。中野、森下の連続ヒット、大山の四球で一死満塁となり、スタンドの熱気が一気に高まる。
打席には先ほどホームランを放った小幡。「頼むで、小幡」清水さんが祈るように手を組んだ。
小幡がきっちりライトへ犠牲フライを放ち、阪神追加点。阪神2-0巨人。
「うおい。小幡大活躍やん!」
六甲おろしの大合唱に混じって、清水さんの声が一際高く響いた。浩輔も思わず立ち上がって拍手していた。
四回裏、この回から阪神のマウンドには岩貞が立つ。早い投手交代。「まあ今日は仕方ないよ。この三連戦でオールスターやし。総力戦やな」清水さんは納得顔だった。
岩貞は連続ヒットを浴び、ピンチを招く。ここで巨人も投手の赤星に代えて代打・岸田。
向こうも必死だ。
岸田に四球を与え一死満塁のピンチで丸にセンターへのタイムリーが飛び出す。一点差。なおも満塁。阪神2-1巨人。
ざわつくレフトスタンドと三塁側。絶体絶命のピンチで巨人ベンチはまた動き、二番・佐々木に代えて代打オコエ。
物凄いスピードで試合が動き出す。
苦しい場面だったが、オコエをセカンドフライ。三番吉川をセカンドゴロに打ち取り岩貞が最小失点で切り抜けた。
「よう耐えたわ」清水さんは大きく息を吐きながら、また茶色の手帳に何かを書き込んでいる。
中盤に入ると、両チーム共に継投合戦となった。五回、六回は阪神のマウンドに湯浅が立つ。
浩輔は投手交代のタイミングを見つめながら、隣で相変わらず手帳にペンを走らせている清水さんの横顔を観察していた。
七回、マウンドには及川の姿が見えた。
「阪神の継投陣、今年は層が厚いですね」
浩輔がつぶやくと、清水さんは満足そうに頷いた。
「せやな。藤川監督の計算通りや」
八回には石井がマウンドに上がる。一方の巨人も次々と投手を代え、追加点を許そうとしない。
どちらも全力投球の総力戦は続く。
「息がつまるなあ、この投手戦」
清水さんがぽつりとつぶやく。確かにそうだった。
序盤のバタバタ以降、両チームともランナーは出すものの、決定打が出ない。
スタンド全体が、じりじりとした緊張感に包まれている。
そして迎えた九回裏。追加点のないまま一点差で最終回。
阪神のマウンドには守護神・岩崎が立った。
スタンドから「岩崎!」のコールが響く中、巨人も最後の代打攻勢をかける構えだ。
先頭は代打・長野。岩崎の緩い変化球が、長野のバットを空振りさせる。
「よっしゃ」という声が三塁側から上がった。続く坂本が一球目を打ち上げ、ショートフライでツーアウト。
最後の打者・岸田。緊張が最高潮に達する中、打球はライト方向に上がった。森下が落ち着いて捕球し、ゲームセット。
「まじか!岩崎圧巻やん」
清水さんが興奮して立ち上がる。周りのファンも「一点差の岩崎は頼りになるんですよ」と口々に言い合っている。
六甲おろしが響く中、浩輔は清水さんの横顔を見つめていた。二連勝。
前半戦で対巨人戦の勝ち越しを決める大きな一勝を、清水さんは心から喜んでいる。手帳を胸ポケットに仕舞い込むその表情には、純粋に野球を楽しんでいる人の充実感があった。
手帳の中身と「全件阪神」の真実
試合後、清水さんが「餃子食うか」と言い出した。浩輔は少し迷ったが、このまま帰るのが惜しい気がして頷いた。
水道橋の餃子居酒屋は、試合を見終えたファンで賑わっていた。二人はテーブル席に座り、ビールと餃子を注文した。
「いやあ、ええ試合やったなあ」
清水さんは嬉しそうにビールを飲んだ。
「小幡のホームラン、ナイスタイミングや」
浩輔も笑顔になった。久しぶりに、純粋に何かを楽しんだ気がした。仕事の効率性や成果を考えることなく、ただその瞬間を味わう。それが、こんなにも心地よいものだったとは。
「清水さん」
「何や?」
「さっきのメモ……中身見せてもらっていいですか?」
清水さんは「ええよ」と茶色い手帳を差し出した。浩輔はページをめくってみた。
そこには──
『森下→三振✖️』
『赤星→初回球速△』
『少年→タオル忘れて母に怒られる』
『売り子→背番号ユニ着用、愛想◎』
といった文字が並んでいた。
営業に関することは一切書かれていない。全部、阪神の試合や球場での出来事ばかりだった。
「全部……阪神じゃないですか」浩輔は思わず笑った。
見落としそうな何気ない一言、スタンドの会話、売り子の笑顔……全部、清水さんは拾っていた。その目線に、浩輔は”営業”ではなく”人”を見つめていた頃の自分を思い出していた。数字やKPIを追いかける前に、確かに自分にもそんな時があった。
清水さんは少し照れたような顔をして、こう言った。
「せや。全件、阪神や」
その言葉を聞いた瞬間、浩輔の胸の奥で何かがすとんと落ちた。清水さんは、仕事を失っても、メモを取ることをやめなかった。人と話すことをやめなかった。そして、自分が好きなもの、大切なものに対して、真剣に向き合い続けていた。
浩輔は手帳を返しながら、ふと気づいた。自分が最近失っていたもの。それは、こんなふうに何かを純粋に好きになる気持ちだったのかもしれない。効率とか成果とか、そんなことばかり考えて、目の前の人を見ることを忘れていた。
「清水さん、俺…」浩輔は言いかけて、言葉を探した。「俺、最近の仕事になんかモヤモヤしてたんです。効率的で無駄がないけど、なんていうか、人との距離感が…」
「わかるで」清水さんは優しく頷いた。
「でもな、浩輔くん。仕事のやり方に正解なんてあらへん。大事なのは、自分がどう向き合うかや」
浩輔は手帳を清水さんに返しながら、心の中で確信に近いものを感じていた。
人と話さずに済む営業も、効率化も、たしかに悪くはない。
でも、「足で稼いで、感じて、笑う」って、もしかしたら一番贅沢な仕事やったのかもしれへん。
清水さんの関西弁が、自然と心の中に響いていた。そして、それは懐かしさではなく、これから目指したい方向のように思えた。
外に出ると、生温い夜風が頬を撫でた。清水さんは手帳をポケットに仕舞いながら言った。
「また一緒に野球見に行こうや。今度は甲子園でな」
「はい、ぜひ」浩輔は即答した。
二人は水道橋の駅前で別れた。清水さんが振り返って言った。
「浩輔くん、今日はおおきに。久しぶりに、ええ一日やったわ」
「こちらこそ、ありがとうございました」浩輔も笑顔で答えた。
清水さんの後ろ姿が人混みに消えていく。
火曜日からまた営業が始まる。ZOOMやチャットが悪いわけじゃない。
でも、もう少し人と向き合う時間を作ってみよう。
顧客と笑い合える瞬間を、大切にしてみよう。
そして、清水さんのように、自分が大切だと思うことを忘れずにいよう。
人との繋がりって、数字では測れない。でも、それが一番大切なものなのかもしれない。
清水さんの「全件、阪神や」という言葉を思い出すたび、浩輔は思わず苦笑いしてしまうのだった。
本日の試合結果
阪神 2-1 巨人(東京ドーム)
勝利投手: 湯浅(3勝2敗0S)
敗戦投手: 赤星(6勝7敗0S)
セーブ: 岩崎(0勝2敗22S)
本塁打: 小幡竜平 1号(2回表)
📌 観戦メモ(持ち込みルール&持ち物)
・球場ごとに飲料容器や容量の規定が異なります。来場前に最新の公式案内をご確認ください。
・傘が使えない席が多いため、雨天時はレインポンチョ推奨。
・暑さ/寒さ対策と両手が空く軽装が快適さの近道です。
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