試合概要・あらすじ
7月11日、甲子園球場で行われた阪神対ヤクルト戦は、3-6でヤクルトが勝利し、阪神の連勝は11でストップした。
2回表にヤクルトが6点を先制し、阪神は4-5回に反撃を見せるも及ばず。
この試合を観戦した川西市在住の荒木和人(31歳・コンビニ店員)と、中学同級生でカメラマンの牧野の物語。夢を追い続ける牧野と、現状に留まる和人。それぞれの生き方の違いが、11連勝が止まった夜に浮き彫りになる。
雨に願いを〜阪神タイガース観戦記2025年7月11日〜
午後3時、いつものコンビニで
午後3時を少し過ぎたころ。フライヤーから立ちのぼる油の匂いが、レジ奥の壁にじっとり染みついていた。
コンビニバイトを始めて2年。31歳になって、まだこの匂いの中にいる。大阪の広告代理店を辞めたとき、「自分を取り戻すため」なんて格好つけて言ったけど、結局取り戻した自分がこれかと思うと、笑えてくる。
店長の田中さんは今日も朝から機嫌悪い。昨日の売上が目標に届かんかったらしい。レジ横には相変わらず、賞味期限ギリギリの弁当に30円引きシールをペタペタ貼る作業が待ってる。
近所のおばあちゃんズは毎日同じ時間に来て、カフェラテ片手に井戸端会議。
「あそこの息子がまた離婚したらしいで」
「えー、ほんま?」
15分、20分。冷蔵庫のモーター音が鳴るたびに、会話の間が詰まってまた弾ける。
徳井のおっちゃんは毎回何か変なやり取りをする。73歳、年金生活。奥さんに先立たれて一人暮らし。コンビニが唯一の社交場や。今日も来るんやろな。
和人はピッと打ったレジの音に被せて、徳井のおっちゃんの顔色を盗み見た。
「春巻きは、5個あるか?」
声が小さい。けど、何度も聞いてきた声だ。
「こんにちは。おっちゃん。揚げたてやで。5個どころか10個でもいけるわ。」
おっちゃんは保温ケースの奥を、まるで忘れ物でも探すみたいに眺めてる。油が少し固まりかけた春巻きの山。湯気がケースのガラスに曇りを作ってる。
「ほな、一つ。」
5個て何やったんや…
心で突っ込んだ瞬間、徳井のおっちゃんの指がレジカウンターに触れた。薄い皮膚。爪の間に、昨日切ったか切ってないか分からん爪が光る。ビニール袋の中で、春巻きの油がじわっと滲んで、指先に残った。この光景は、毎日同じや。
阪急の駅前は看板が新しくなって、夜になるとコンビニのガラスに駅の光が映るようになった。でも坂道の裏に入れば、階段の鉄の手すりにまだ去年の苔が張り付いてる。団地の踊り場に置きっぱなしのプランターに、湿気がたまってる。
夢なんかなくても、おっちゃんが来んかったらあれ、なんかあったんかって思う。おばあちゃんズの声が聞こえんかったら、ちょっと体調崩したんちゃうかって気になる。それが嫌いじゃない。嘘じゃなく、ほんまに。
大学の頃は、言葉で人を動かす仕事したいって思ってた。本気で。でも大阪の広告代理店で3年、誰の言葉でもない数字と顔色ばっかり擦り続けて、胃が痛むたびに、口から自分の言葉が減ってった。
3年で辞めた。面接で言う志望動機が全部白々しくなって、転職先も続かんかった。地元帰って、コンビニで2年。春巻き一つでも、来る人がいる。
中学同級生との再会と甲子園への誘い
中学の同級生、牧野が保温ケースの奥に肘を突いた。午前の撮影が終わって、コンビニに現れた。
ガラス越しに、まだ湿ってる揚げ物を見てる。
「しかしカープに3タテは出来すぎやろ。ウル虎の夏、ええ流れなるわ。」
牧野は週に2回、うちの店でも夜勤してる。本業はカメラマンやけど、まだ食えん月が多い。
成人式、結婚式、企業の集合写真。食えん月はうちの店で夜勤して、稼いだらまた新しいレンズを買う。そんな生活をもう10年以上続けてる。
牧野は中学の頃からブレてへんかった。卒業アルバムの「将来の夢」に「カメラマン」って書いてたもん。俺は「広告マン」って書いてたけど、今思うたら何がしたかったんか分からん。
「覚えてるか?文化祭で俺らが漫才やった時」
「あー、『川西ボーイズ』な。めっちゃ滑ったやつ」
「滑ったって言うな。ウケてたやろ、一部では」
「一部って、担任の先生だけやん」
あの頃は何でも面白かった。今は笑いのツボも浅くなって、徳井のおっちゃんの春巻き詐欺でも笑えるんやから、人間安上がりになったもんや。
保温ケース越しで、牧野の声はくぐもってる。
「お前が一番熱なっとるやん。」
「当たり前や。俺は残しときたいんやから。」
「夢って、そんなええもんちゃうわ。」
揚げ物のトングがケースの壁をカンと叩く。
「俺は夢追ってへん。ただ証明しとるだけや。誰が見てへんでも、撮っときたいだけや。」
そういえば今日は甲子園や。先週チケット取れた時、牧野が「久しぶりに現場以外で撮りたい」言うてて、俺も最近のコンビニと家の往復にちょっと息が詰まってた。外の空気を吸いたかった、というより、何か変化が欲しかっただけかもしれん。
「そろそろ上がりの時間やな」
「せやな。着替えて行こ。」
6点差の絶望と雨中断の願い
甲子園。ウル虎の夏の限定ユニフォームの黄色が、外野席の湿気に滲んで膨らんでる。
牧野が売り子からビールを受け取った指先は、まだコンビニの揚げ物の匂いを残してる気がした。
「連勝中やから言うけど、誰のために打つかやな。」
「は?」
「選手かって、ファンとか嫁さんとか、全部”誰か”のために打つんや。」
「お前は誰のためにシャッター切っとんねん。」
牧野は笑わんかった。
「俺のためや。俺が俺を証明するためや。」
2回表、初回を切り抜けた村上やったが、2アウトから連打を浴びて1・3塁のピンチ。打席にはヤクルト先発のランバート。ピッチャーマウンドへの高くはねたバウンドが村上のグラブを弾き、先取点を奪われた。
「不運や。今のはシャーないやろ」
そう呟いたのを、牧野が振り返った目だけで刺した。
「いや、でも2アウトやで。しかも相手ピッチャーやん。これはきっちり抑えなあかん。」
牧野の嘆きを体現するかのように、ヤクルトはそこから1番岩田が2打席連続となるヒットを放ち、さらに1点追加。
「ほら、こうなんねん」
牧野は派手なリアクションで頭を抱えている。
さらに連打で満塁とされ、バッターは3番内山。インコースに投じたストレートを振り抜かれ、打球はレフトスタンドへ。まさかの満塁ホームラン。阪神0−6ヤクルト。
連勝どころか、一気にワンサイドゲームになりそうな気配に球場はざわつく。
2回裏、阪神攻撃前に雨は激しくなり、中断が告げられる。
「神様、このまま中止にしてください」
和人は心の中で手を合わせた。牧野も同じこと考えてるんか、空を見上げて何か呟いてる。
「今、雨乞いしてへん?」
「してへんわ。雨止め踊りや」
「踊ってへんやん」
「心の中で踊ってんねん」
「アホか」
応援席からは「これはもう無理や!」「中止にせなあかんやろ」と阪神ファンの声が飛ぶ。みんな同じこと考えてる。6点差で雨天順延なら、まだ傷は浅い。むしろ傷はなくなる。
でも雨脚は弱まって、今年の阪神の野手陣くらい鉄壁の阪神園芸さんの技術が光って試合再開となった。
「神様、空気読んでくださいよ」
牧野が真顔で空に向かって文句言うてる。
ユニフォームの泥をスコップで削って、土をさらって、まだ降る雨を背中で受けながら立っとる人がおる。
誰のためや。誰も見とらんとこで、立っとる人がおる。
手の届かない反撃と諦めの境界線
4回裏、森下、佐藤が出塁し、大山のセンター前ヒットで1点を返す。なおも満塁で小幡もタイムリー。阪神2−6ヤクルト。
「行けるぞ、この回」
牧野の声も弾む。続く満塁の好機。今の阪神を見ていたら、ここから逆転してくれそうな気配はある。
それでも、得点が入らず、傾きかけた流れに乗り切れない。
「まじかー。厳しいなあ」
5回裏、この回もノーアウト満塁から大山がきっちり犠牲フライを放ち、さらに1点を返すも、後続が続かず。阪神3−6ヤクルト。
ええとこまでいくのに、肝心なとこで逃げていく、もどかしい展開。
「きゅうりとピザ食べへん?」
おもむろに牧野が言う。
「ええけど、めちゃピンポイントやん。その食い合わせはええのん?」
牧野がファインダー越しに、外野のライトの滲んだ光を撮ってる。
今日もシャッターを切り続けた。
勝っても負けても、証明し続ける姿を見てると、和人は思った。
「夢追っても、掴めんこともあるんやな。」
和人が小さく言った。
牧野はレンズを下ろして、こっちを見た。
「それでも証明するんや。」
結局、その後も流れは変わらんかった。
6回、7回、8回と時間だけが過ぎていく。チャンスはあるのに、あと一本が出ない。
9回裏、最後の攻撃も終了。
阪神3-6ヤクルト。
11連勝が止まった瞬間、甲子園がざわめいた。立ち上がるファンもいれば、頭を抱える人もいる。牧野は最後まで写真を撮り続けてた。負けた瞬間も、ファンの表情も、全部残そうとしてる。
「帰ろか」
「せやな」
阪急電車で川西に向かう車内は、静かやった。
車窓に映る夜の大阪が流れていく。
川西の夜、それぞれの帰り道
川西に戻った夜。団地の階段に、ぽつ、ぽつ、と灯りがついてく。
牧野はきっと今頃、今日撮った写真をパソコンで見返してる。11連勝が止まった瞬間も、雨中断で空を見上げた瞬間も、きっと全部撮ってるんやろな。
俺は何も撮らへん。でも見てる。
徳井のおっちゃんの薄い皮膚も、おばあちゃんズの井戸端会議も、田中店長の機嫌悪い顔も。忘れるかもしれんけど、今は覚えてる。
階段を上がりながら、明日の春巻きのことを考えてた。5個って言うて1個しか買わへんあのやり取りを、また見ることになる。
—鍵を回す音が、静かな団地に響いた。
本日の試合結果
阪神 3-6 ヤクルト
本塁打:内山(ヤクルト ・満塁)
阪神連勝は11でストップ
🌸【PR】毎日の小さな物語を大切に
日常の中にも特別な瞬間は隠れています。
☔️ 甲子園の突然の雨には『アメダス 防水・防汚スプレー』で大切な靴を守ったり、
🏠 コンビニのような閉鎖空間には『レック 調湿・消臭 木炭』で快適な環境を作ったり。
小さな一歩が、あなたの物語を豊かにしてくれるかもしれません。
コメント