【交流戦】村上力投報われず 大山の一打で追いつくも延長敗戦 阪神1−2ソフトバンク(甲子園)

阪神タイガース観戦記
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2025年6月20日、甲子園球場で行われた阪神対ソフトバンクの一戦。阪神は村上、ソフトバンクはモイネロの両先発で始まったこの試合は、序盤から手に汗握る投手戦に。

観光協会の定例会を終えた金沢の老舗旅館の三代目の若旦那・岡本涼は、料理長で幼なじみの修平とともに甲子園に向かう。SNSや英語への苦手意識を抱えつつ、変化の波に立ち止まる涼。その夜、甲子園の風の中で、彼が心に決めた小さな一歩とはーー。

若旦那のCan’t stop〜阪神タイガース観戦記2025年6月25日〜

「国際化、なあ……」

会議の最後、誰かがつぶやいたその言葉が、頭の中でずっと反響していた。大阪市内の会議室で行われた観光協会の定例会議。議題は、観光都市としての“次の打ち手”。英語表記、SNS発信、キャッシュレス、AI接客。聞こえは立派だが、どれも涼の頭にはすんなり入ってこなかった。

金沢の老舗旅館「たつみや」三代目の若旦那、岡本涼・36歳。三年前、親の後を継いだ。と言えば聞こえはいいが、実際は“逃げ切れなかった”という方が近い。旅館の運営は妻と70を超えても元気な両親、数名のスタッフとバイトさん達が支えてくれている。自分がやっているのは、帳場と観光協会の顔出し。それが“支えている”のか、“支えられている”のか、自分でもよくわからないまま、もう三年だ。

涼の六つ上で、旅館「たつみや」の料理長を務める修平は、近所の幼なじみでもある。幼い頃から遊んでくれた兄ちゃんみたいな存在だ。大阪の調理師学校を卒業後、涼より一足早く「たつみや」の板場に就職した。

「英語?……まあロボットで勉強できる時代やろ」

缶コーヒーをプシュッと開けながら、修平がさらっと言う。

この人、LINEひとつ返すのも3時間かかるくせに、よう言うわ。板場にこもってばっかりやから、他人事やねん。

「……ほな、行こか」

涼が小さくうなずくと、修平は缶コーヒーを飲み干して立ち上がった。

甲子園。交流戦観戦。対ソフトバンク。

「行かん理由ある?せっかくタイミングよく大阪来たんやし」

そう言って笑いながら、改札の方へ歩き出した。

苦笑して後を追う。いつもの修平兄ちゃんで、少し安心する。


「今日モイネロやって、よりによって」 涼が言うと、修平が鼻で笑った。
「なんでや。こっち村神様やぞ」 「せやけど……DeNA相手に三振13個やって」
涼が眉をひそめると、
「ヤクルトには18個らしいな」修平が肩をすくめた。
「ほんま、打てる気せえへん」

売店で息子に頼まれた森下のレプリカユニフォームを買う。 「明日、着て寝るって言うと思うわ」 「ええやん。うちもそんな時期あったわ」 「……修平さん、独身ですやん」 「おう。悪かったな」

外野の芝生が夕陽を浴びて、金色にきらめいていた。ライトスタンドには黄色い応援バットがぎっしりと並び、試合開始のアナウンスに合わせて、ざわめきが一際高くなる。

「……来たな、モーチョスタメンや」

修平が腕を組んで座り、涼はペットボトルのキャップを閉めた。

1回表、マウンドには村上。 甲子園のマウンドに佇むエースの姿を、涼は目を細めて見つめていた。

「頼むで、村神様……」 そんな声が、客席のあちこちから漏れていた気がする。


試合開始すぐ、村上が連打と四球で1アウト満塁のピンチを迎えた。5番栗原の鋭い打球を、小幡が土を跳ねあげて止めた。抜けてればあわや大量失点もありえた場面で、守備が光る。
「……点取られたな。この1点、重いで。相手モイネロや」涼がつぶやいたとき、球場全体が黙ったような気がした。

2回。またも先頭打者の牧原にツーベース。続く海野の打球はセンターへ。落ちる、と思った瞬間、近本が芝を巻き上げて飛び込んだ。またまたビッグプレー。
「これでかいなあ。よう守ってるで、ほんま」修平が膝をポンと叩いた。

4回裏。ヘルナンデス、小幡と繋ぎ、2アウト1・2塁。続く村上の打席はセカンドゴロ。
「また村上か。2回もここで止まったな」修平が笑いながら言う。「……でも、ピッチャーに打順回して終われたのは大きいわ」モイネロのストレートは威力抜群で、カーブは空から落ちてきた。

5回裏。この日ノーヒットだった近本が出塁し、中野も続く。「若旦那。ここやで。モイネロ崩すのは」「うん。わかっとる」 森下が叩いた打球は、ふわりと宙に舞いセンター周東のグラブに収まった。続く佐藤はストレートを捉えきれず、打球は無情にも再び周東のグラブへ。

「頼むで……」期待の3番4番が相次いで倒れ、 空気が固まった次の瞬間、大山がセンター前にしぶとく弾き返す。同点。甲子園の温度が一段、上がる。 「モイネロかて人間や」涼が笑った。


スコアは1-1。観客席には緊張が走る。 誰もが声を潜めて、村上とモイネロの投げ合いに集中している。 涼もまた、手の中で握ったペットボトルの冷たさに意識を向けながら、視線だけはマウンドに釘付けだった。

「変わらんとな」

思わず口に出していた。
涼は、旅館のフロントに立つ自分の姿を思い出す。 外国人観光客が増えている。質問はすべて英語。 バイトの大学生が、流暢な英語で応対する姿を、ただ見ているだけの自分。

自分は「若旦那」の顔をして、何も変えていない。 旅館が変わるべきなんじゃない。 変わらなきゃいけないのは、俺自身や。
涼はふと、自分がフロントに立っていた朝のことを思い出した。
外国人の家族連れがチェックアウトをしようとしていた。
子どもが笑顔で「Thank you!」と声をかけてくれたとき――
返す言葉が、喉まで出かけて……結局、何も言えなかった。

「……次は、言おか……センキュー」
呟いた声は、風に紛れていった。


村上は中盤以降、本来の調子に戻った気がした。 スピンの効いた球が厳しいコースにどんどん決まる。一方のモイネロも貫禄のピッチング。すべての球種が一級品というピッチャーだ。

それでも7回裏、阪神は代わったソフトバンクの2番手松本からもチャンスを作る。 中野と佐藤が出塁し、大山に回る。 しかし、フルスイングは空を切った。 「……紙一重やな」「ほんま、勝負の神さんおらへんわ」 2人は顔を見合わせて苦笑いした。

9回表、村上が守ってきたマウンドは岩崎へ引き継がれる。しびれる場面でもポーカーフェイスは健在だ。しっかり抑えてくれた。 その裏、近本がしぶとく出塁。2アウト3塁で打席に立ったのは森下。 6球目。ストライクゾーンに沈んだ変化球を、森下は見送った。 球審の右手が鋭く上がる。
「今の、全部フォークやったな……」修平が隣で唸るように吐き出した。ギリギリの緊張感を保ったまま勝負は延長戦へ。

10回表。マウンドには及川。 先頭を出塁させ、バントで1アウト2塁。 代打嶺井の鋭いあたりを中野が体を伸ばして止めた。大ファインプレーだ。「それにしても今年の中野はすごいなあ」「ほんま、何回助けられてんねやろ、あの守備に」 ほっと胸を撫で下ろした直後、次の打者、石塚に初球を痛打され、右中間を破られる。 「……汗、冷たなったわ」修平の声にも、何も返せなかった。ここにきてまた1点がのしかかる。

10回裏、粘りは見せた。だが、もう一押しが足りなかった。

「悔しいな」「けど、ええ試合やったわ。日本シリーズで返したらええ」
会話はそこで途切れたまま、胸の奥にはまだ試合の熱がくすぶっていた。


試合後、ホテルへ向かう御堂筋線。

座席にもたれながら、涼はスマートフォンを取り出した。
英会話アプリの画面を開くと、小さく息を吸う。

「My name is Ryo. I’m from Kanazawa…」

揺れる車内、車窓に映る自分に向かって、小さく声を出す。

ぎこちないイントネーションだったが、言い切るまで止めなかった。

隣で見ていた修平が、ぽつりとつぶやいた。

「……ほんまに言うたんか」

「もう、止まらんで」

少し間を置いて、涼が言った。

「アイ キャン……ストップや」

「……それ、止まってるやん」

2人は顔を見合わせて笑った。

変わるための列車は、もう走り出していた。


【今日のスコア】

阪神1-2ソフトバンク @甲子園球場

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