【阪神】1軍復帰の伊藤将司8回熱投も チームは今季2度目のサヨナラ負け 湯浅・岩崎が崩れ西武に逆転許す|2025年6月11日 ベルーナドーム

阪神タイガース観戦記
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TIGERS STORY BLOGは、阪神タイガースの試合を“物語”として描く観戦記ブログです。

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2025年6月11日、ベルーナドーム。阪神タイガースは伊藤将司の今季初先発で西武戦に臨み、8回までに森下の適時打と佐藤輝明のソロ本塁打で2点を先行。粘投の伊藤は一軍復帰戦で力投を見せたが、9回裏に湯浅・岩崎が崩れ、2点リードを守りきれず痛恨の逆転サヨナラ負け。伊藤の白星は幻となり、チームは悔しい敗戦となった。

そんな試合を、ひとりの高校球児がスタンドから見つめていた。彼の胸の中には、試合と同じように結末の見えない“もう一つの勝負”があった——。

猶予は3日間〜阪神タイガース観戦記 2025年6月11日〜


6月11日、水曜日。昼休みのチャイムが鳴った瞬間、加藤司は購買部とは逆の階段に向かった。
雨のにおいが漂う廊下。薄いスニーカーの底から、床の湿気がじわりと伝わってくる。

呼吸が浅い。歩幅が、狭い。緊張してるって、自分でもわかる。この階段をのぼれば、何かが変わってしまう——そんな確信と緊張が背中を押していた。

踊り場には彼女がいた。遠藤まひろ。
うちの高校に昔からある読書部所属の文化系女子で、いつも文庫本を抱えてる。大きな目が印象的で、控えめだが愛想がよく、目立たないようで思わず目で追ってしまう。そんな存在。今日もその手には、ページの端がめくれかけた本。傘は透明のビニール。スカートの裾が、ほんのすこし濡れていた。

「……待った?」

「ううん、ちょうど来たとこ」

——正直、呼び出すだけでも心臓がもたなかった。昼休み、図書室前の踊り場に来てってLINEしたのは、おれのほうだ。

「……今日も購買のサンドイッチ、秒で売り切れかな」

司の声に、まひろはにこりとして頷いた。

「うん、最近すぐなくなるよね。男子、めっちゃダッシュするし」

「……うん」

呼吸を整えようとして、でも整わなかった。それでも、司は言葉を継いだ。大きく息を吸う。

「その……あのさ、俺さ……」

「……うん?」まひろが不思議そうにうなづく。

「前から……遠藤のこと、好きで」

語尾が消えた。心臓の音が耳の後ろで鳴っていた。

「えっ⁉︎」

思いのほか大きな声。司の声の10倍は大きく響いた。
彼女自身が驚いたみたいに目を丸くしたあと、すこしだけ唇を噛んで、言った。

「……3日だけ、考えさせて」と。

そして、スカートの裾を気にしながら、階段をトン、とリズムよく駆け下りていった。

残された司は、まひろの声の残響と、喉に残った自分の声のかすれだけを抱え、茫然と踊り場に立ち尽くしていた。
「あと3日って? じゃあそれまで、何を考えてればいいんだよ——」

告白のあと、そんなふうに思った。
3日間という猶予が、希望なのか罰なのかさえ、わからなかった。


放課後、ベルーナドームへ向かう電車の中。
武蔵藤沢あたりを過ぎたところで、西田武志が言った。

野球部の同級生で、筋金入りの阪神ファンだ。

「で、言ったの?」

「……言った」

「マジで? どうだった?」

「“えっ!?”って言われて、“3日考えさせて”って」

「その“えっ!?”はどっち? 驚き? 嫌悪? 好奇心?」武志はずっとニヤついている。

「知らんよ……」

「じゃあ聞くけど。なんで今日にしたの? 今日じゃなくてもよかっただろ」

「……振られても、夜には野球があるからって、思ってた。ほんとは、逃げだった」

武志はわざとらしく肩をすくめて笑った。

「てか、あの子、バスケ部の大谷も狙ってるぞ。あいつ最近やたらと、遠藤に話しかけてるし」

「……誰だよそれ」

「恋のライバルを知らないとはね。お前、ぼーっとしてたんだな」

司は言い返せなかった。だけどほんとは全部、知ってた。バスケ部の大谷。
2年ながらレギュラーで、おまけに色白で高身長で、頭も良い。どこかのバスケ漫画に出てきそうな、間違いなくモテるタイプだ。

一方おれはとても漫画の主人公になれるようなキャラじゃない。
野球部でも3年生が引退するまでは、ベンチにすら入れないし、身長も大谷に比べればそんなに高くない。勉強も得意とは言えないし、強いて言うなら野球とタイガースの話ならずっとしてられることくらいか。

西武線に揺られ、ぼんやりとそんなことを反芻しながら、司はスマホを握りしめていた。通知は来ない。来るはずなんて、ない。彼女は“3日待って”って言ったんだから。

電車を降りても小雨が降っていた。ドームまでのアスファルトにも水たまりができ、傘を持っていても肘あたりが濡れた。

ベルーナドームの入場ゲートが見えた瞬間、武志が言った。

「てか伊藤って、今日今シーズン初じゃね?」

「そう。2年前のアレ、覚えてる? 初登板の巨人戦……」

「うわ、あれマジで痺れた。完封な」

武志の声がちょっとだけ、嬉しそうだった。 ベンチ入りだけでも話題になってたのに、
今日いよいよ今シーズン初の先発。
司も正直、午前中からそわそわしてた。

「司の告白より、そっちのほうがニュースじゃん」とか言われたけど、否定はできなかった。


「なんだよこれ。埼玉なのに、タイガースファン多すぎじゃね?」

ライトスタンドには収まりきらない、阪神ファンがぎっしり。タオルを広げてる人。すでに声を出してる人。
どこにでも、阪神ファンは溢れている。
どこにでも、誰かを想ってる人がいる。そんなふうに見えた。


久しぶりの1軍マウンドに上がった伊藤。1回裏、集まった虎党の祈るような視線を背に受けながら、落ち着いた立ち上がりで三者凡退。武志が小声で「コース、ビタビタ」と嬉しそうに囁いた。
けれど、司の頭の中はほとんど、まひろ の「えっ⁉︎」で止まっていた。
どんな表情で言った? 戸惑ってた? 嬉しそうだった? 引いてた?

「試合観てんのかよ、お前」と武志。

「観てるよ」

「携帯見てんじゃん」

「……うるせぇ」


2回裏、源田にヒットを許し1・3塁のピンチを迎えたが、伊藤と坂本の阪神バッテリーは執拗な一塁牽制でランナーを誘い出し、タッチアウト。武志も「投球術だわ」と思わず唸った。

左打者の外角、右打者の内角。久々の登板ながら、伊藤は回を追うごとに調子を上げていく。一方の西武先発・渡邊も力強いピッチングで応戦。点が入らない展開に、武志が「ヒリヒリするなあ」と呟いたとき、司の中にはまた、まひろの顔がちらついた。

6回、坂本の2本目のツーベースで観客席が沸く。森下のセンター前で阪神が先制すると、「このまま伊藤に勝ち星を」と願う武志に、司も「ローテ復帰、マジでアツい」と頷いた。

8回裏、2アウト1・2塁となったところで伊藤が降板。大きな拍手とともにマウンドを下りる姿に、胸の奥が熱くなる。後を継いだ及川がきっちり火消しを果たした。

9回表、4番テルがライトスタンドへ叩き込むホームランを放つ。武志が「ホエー……すげーもん見た」と言いながら呆然と立ち上がる。

だが、試合は終わらなかった。9回裏、湯浅が崩れ、久しぶりに守護神岩崎が修羅場のマウンドへ。
後2つのアウトがはるか遠くに感じる。
バッターボックスには源田。

「俺……返事がほしいって思ってたけどさ」
「ん?」

「たぶん……いちばん苦しいのは、“待ってる時間”かもな」

「ほう。急に詩人だね司くん」

「ぶっ飛ばすぞお前」

「はいはい。チュロス食う?」

「いらん」

武志はずっとにやけっぱなしだ。そりゃそうだよな。
人の告白とその結果ほど高校生のおれたちにとって興味あることはない。


岩崎の2球目を源田が痛打した。ライト戦への2点タイムリー、なおも満塁となったところで、最後は炭谷にサヨナラヒットを許す。

伊藤の勝利も、チームの勝利も、あと少しのところですり抜けていった。

終盤のあまりの展開の速さに、阪神ファンは自分も含めてついていけてないようだった。

誰かの悲鳴と、レフトスタンドの白い西武の応援団の歓声でようやく、現実に戻された気がした。


サヨナラ負け。ゲームセット。試合は接戦だった。おれたちはさっきまでの軽口が嘘のように口を硬く閉ざしたまま席を立った。

出口へ向かうスロープでポケットのスマホが震えた。

画面には「遠藤まひろ」。

“3日後じゃなかったのかよ……”

まさかこのタイミングで鳴るとは。驚きと、緊張が入り混じって、息が詰まった。

震える指で、スワイプする。

「、、、もしもし」

また、おれの声が小さい!!

「阪神……負けたね」

「あ、うん。……うん。見てたんだ」

「うん。お父さんとお兄ちゃんと。実はうちの家族も阪神ファンなんだ」

「……へぇ、知らなかった」

「……声、また小さかったね」

「えっ?」

「ふふっ……なんでもない」

受話器の向こうで、遠藤が小さく息を飲む音がした。続いて、かすかにこぼれた声。
はっきりと鼓膜の奥がざわついた。

その瞬間、背中が熱くなった。呼吸の仕方も忘れていた。

言葉の意味を考えるより先に、体の中で、何かが跳ねた。

電話を切ると、隣にいた武志がにやけながら言った。

「おーい、きたー!! 司、ホームランー!」

司の肩を強く叩いたあと、両手を広げて、抱きついてきた。

湿ったユニフォーム越しに伝わったその体温は、
6月の梅雨の夜より少しだけ、あたたかかった。



【今日のスコア】
阪神タイガース vs 埼玉西武ライオンズ(2025年6月11日・ベルーナドーム)

西武 3x – 阪神 2

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