「3人で野球とか、めっちゃ久しぶりやな」
そう言って母がチケットを手渡してきたのは、1週間前、実家に帰省した夜だった。
「3人」は、母と、僕と、ススムさん。
去年の夏に結婚した母の再婚相手で、大工のススムさんは、たぶん不器用だけど、たぶん優しい。
けど、僕はまだ一度も「お父さん」と呼んだことがない。
そして迎えた今日、朝になって母が僕のアパートに電話をかけてきた。
「ごめん健一郎、仕事入ってもたわ」
声は、少し申し訳なさそうだったけど、どこか予想通りだった。
これは、母の“仕掛け”だ。
2人きりの観戦。甲子園じゃなくて、京セラ。内野指定席。隣同士。
でも試合が始まっても、ふたりとも何も話さなかった。
シートに体を預けて、ただ、目の前で動く試合を見ていた。
阪神の先発は、デュプランティエ。
正直、名前覚えるのも大変な助っ人やと思ってたけど、投げてる姿はシュッとしてた。
ストレートにキレがあるとか、変化球の精度がどうとか、詳しくはよく分からんけど、「ええ投手やな」と思えた。
DeNAの先発・ケイのフォームはめちゃくちゃ迫力があって、
「あれは……なかなか打てへんやろ」と、心の中でつぶやいた。
でも、口には出さなかった。
ススムさんは、何を考えてたんやろ。
ときどき、試合じゃなくて僕の方を見てる気もしたけど、気のせいかもしれん。
試合は投手戦で進んで、阪神は2点ビハインドのまま、8回へ。
その瞬間は、突然だった。
打球音が高く、鋭く、空気を変えた。
佐藤輝明の同点ホームラン。
京セラドームが沸騰した。
僕も立ち上がって拍手した。隣に座ってたススムさんも、同じタイミングで立ち上がっていた。
その時ふと、目が合った。
まるで、「ここにいるで」って、静かに伝え合ったみたいだった。
9回、マウンドに立ったのはゲラ。
会場はざわざわしてて、勝ち越し点の匂いもしたし、不安もあった。
佐野のバットが空を切ったのに、「ファール」という判定。
ざわめきは、ブーイングに変わった。
「え?今の……」
そう言いかけた僕の言葉と、ススムさんの声が、まったく同じタイミングで重なった。
お互いびっくりして、少し顔を見合わせて、
二人とも照れ臭そうに笑った。
でも、ゲラは打たれて、負けた。
2-5。DeNAに2連敗。
試合後も、言葉はなかった。
駅に向かう道を、ただ歩いた。
沈黙は、ずっと続いてた。
でも、昨日までよりは、軽かった。
信号待ちの間、なんで言えへんのやろって、少しだけ自分にイラッとした。
でも、今なら——声にならんままでも、気持ちだけは届けられるかもしれんと思った。
帰る方向は違うけど、同じホームに立ってそれぞれの電車を待つ。
ススムさんの電車が先に来た。
「じゃあ、ここで」と言って、ススムさんは電車に乗り込んだ。
僕は、少しだけ前を向いて、呼吸を整えて、口を開いた。
「お……」
その先の言葉が出る前に、電車の発車ベルが鳴った。
たった一音だけ。
でも、それは確かに、今日の中でいちばん大きな音だった気がする。
届いたかどうかも分からんけど、
僕の中では、間違いなく届けようとしてた。
【今日のスコア】
2025年4月3日(木)@京セラドーム大阪
阪神 2 – 5 DeNA
📘この記事は「TIGERS STORY BLOG」の投稿です。
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