朝、窓を開けると、少し冷たい風が入ってきた。
大阪の春は、こんなふうに曖昧で、あと少しで暖かくなるような、そんな予感をまとっている。
桜は咲きかけていて、駅までの道にちらほらと薄紅色が混じっていた。
京セラドームへ向かうのは、久しぶりだった。
豊中で中学校の国語教師をしている、50歳の村上篤にとって——
娘が高校生になったあたりから、家族で球場に行くことは減った。
そもそも、最近は“熱狂的なファン”を演じることにも、少し疲れていた。
教室でも家庭でも、なんとなく「先生」と「父親」としての顔を続けてきて、自分が何を思っているのか、よくわからないまま日々が過ぎていた。
春休みだからこそ、今日だけは一人で行こうと思った。
阪神の試合を、ただ“観たいから観に行く”——それだけでいい日があっても、いいじゃないかと。
試合が始まると、やはり球場の空気は特別だった。
人工芝の青さ。応援のリズム。売り子の声。
ああ、そうだ、父と来たときも、こんな音に包まれていた。
阪神の2回、木浪がレフト前に運んで先制した。
「ようやった」
自然と口をついて出た。こういう瞬間は、まだ嬉しい。
けれど、DeNAはやっぱり怖かった。
3回、牧に高めのストレートを運ばれ、同点。
才木のボールが浮いていた。
信頼している投手だけに、今日は少し歯車が噛み合っていないように見えた。
6回、宮崎、佐野、山本の連打でDeNAが勝ち越し、点差をひろげる。
ドーム全体が少し冷めた空気に包まれる。
才木が降板し、マウンドにはドラフト1位の伊原。
いきなり満塁の場面だった。
たった一球で、打者を打ち取った。
球場中がどよめいた。
思わず、手を叩いていた。気づけば、「よっしゃ!」と声まで出していた。
その後のイニングも、伊原はストライク先行でテンポよく投げた。
伊原は小柄ながら大きく足を上げて投げる。テンポもいい。臆する様子が全くない。
その姿に、私は胸の奥をつかまれるような思いがした。
「いけ!いけ!」
心の中で繰り返すたびに、自分の昔の声もよみがえる。
遠い日、父の構えたグラブに、がむしゃらに球を投げていたように。
まだ、自分にも、何かが投げられる気がした。
阪神の打線は、その後も音無しだった。
打てないことに腹が立つより、ため息が出る。
何かが噛み合わない。そんな日はある。
けれど、若いピッチャーが躍動する姿を見ると、不思議と自分の背筋も伸びる。
「まだまだ、やれるぞ」
そんなふうに言われている気がする。
マウンドに込められた“これから”が見えた。
それはたぶん、どの年齢になっても必要なものだと思った。
帰り道、京セラドームの壁に貼られたスケジュールポスターが風に揺れていた。
「阪神 vs 巨人」——週末のカードだ。
今度は娘を誘ってみようか。
うまくいくかわからないけど、それでも。
50歳。
ここからの10年に、何を投げるか。
答えはまだない。けれど、今日みたいな日があるなら、少しは見えてくるかもしれない。
【今日のスコア】
2025年4月1日(火)@京セラドーム大阪
DeNA 7 – 1 阪神(勝利:ジャクソン、敗戦:才木)
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