試合概要・あらすじ
2025年4月22日、横浜スタジアムで行われた阪神対DeNA戦。29歳の女性が仕事のストレスから早退し、友人の奈保と共に観戦した一戦。才木の好投、佐藤輝の活躍、近本のホームランで阪神が4-2で勝利。試合後に打ち上がった花火が、疲れた心に小さな光をもたらした夜の物語。
花火のある夜に。〜阪神タイガース観戦記2025年4月22日
疲れた平日と早退の決意
火曜日に早退するのは、これが初めてだった。 熱も咳もない。けれど、会社に残る理由も、今日は見つからなかった。
月曜の会議で押しつけられた資料の訂正。上司の「とにかく謝っといて」で終わった、いつもの責任転嫁。 そのどれもが重たくて、でも声を上げるほどの怒りでもなくて、ただじっと胸の奥に溜まっていく感覚だけが残った。
新年度が始まって3週間。部署異動で新しい上司になってから、こんな日が続いている。前の部署では、少なくとも理不尽さを感じることは少なかった。でも今の上司は、責任を部下に押し付けることばかり考えている。
「山田さん、この件、先方にちゃんと説明しといて」 「でも、これは部長が決めたことですよね?」 「細かいことは任せるから。よろしく」
毎回こんな調子だ。説明する内容も曖昧で、結局は私が相手に謝ることになる。29歳にもなって、なぜこんなことを繰り返しているのだろう。
昼休みになって、同期の佳奈と一緒にランチに出た。 「最近、疲れてる?」 「うん、ちょっとね」 「新しい部署、どう?」 「まあ、慣れるまで時間かかりそう」
本当のことは言えなかった。愚痴を言ったところで何も変わらないし、佳奈にも迷惑をかけたくない。
昼、奈保からLINEが届いた。 「今日の先発、才木君だよ。あと、風、強いみたい。」 それだけだった。
私は、もう決めていたのかもしれない。 阪神が好きで、でも会社ではそれを口にするほどの情熱があるふうにも見せたくなくて。 けれど本当は、火曜の夜にスタンドへ向かうことに、誰よりも期待していた。
午後2時。私は上司に体調不良を告げて、早退届を提出した。 「大丈夫? 病院行く?」 「はい、念のため」 嘘をついた。でも今日だけは、自分を優先したかった。
奈保との再会と横浜への道のり
奈保とは大学時代の友人で、社会人になってからも月に一度は野球観戦に行く仲だ。彼女は私よりも野球に詳しくて、選手のデータや戦略まで把握している。一方で、私はただ純粋に試合を楽しむタイプ。この温度差が、なぜか心地いい。
JR東海道線で横浜へ向かう電車の中で、奈保が話しかけてきた。
「今日、平日だけど大丈夫だった?」
「うん、なんとか都合つけて」
「ナイス判断!今日は絶対いい試合になるよ」
奈保も私と同じで、野球のためなら平日でも時間を作る派だ。そういうところが、彼女との友情を深くしているのかもしれない。
横浜駅から関内駅へ。平日の夕方だというのに、阪神ファンの姿がちらほら見える。みんな仕事を終えて、あるいは私のように早退して、この夜の試合を楽しみにやってきたのだろう。
横浜スタジアム周辺に着くと、屋台の匂いと人の声が混ざり合っていた。平日とはいえ、それなりの人出がある。DeNAファンの青いユニフォームと、阪神ファンの黄色いハッピが混在する光景は、見慣れた関西とは違う新鮮さがあった。
横浜スタジアムでの試合開始
横浜スタジアム。 四月の終わりだというのに風は鋭くて、じっとしているとすぐに肌が冷える。 けれど、ここに着いたときから、何かが少しだけ動きはじめた気がした。
奈保は変わらず、木浪の応援グッズを一式用意してきていた。 隣にいても、べつに喋らない。 それでも視線の先が同じことだけは、いつもちゃんと共有できている。 その静けさが、今日は妙に心地よかった。
1回表、阪神の攻撃が始まった。先頭の近本がセンター前ヒットで出塁すると、スタンドの阪神ファンから小さな歓声が上がる。続く中野はセカンドゴロで併殺に倒れたが、それでも阪神ペースで試合が始まった感じがした。
1回裏、才木の立ち上がりは良好だった。DeNAの先頭打者を三振に取ると、続く打者も凡打に打ち取る。制球もよく安定している。 「今日の才木、調子良さそう」 奈保がつぶやいた。
試合が動いたのは、2回表。 佐藤輝のライト方向への打球。私は自然に立ち上がっていた。 三塁ベースへ滑り込む彼の姿が、視界の真ん中を貫いた。 グラウンドを駆ける「背番号8」を見つめながら、私は息を止めていた。
スタンドからは「テル!」という声援が飛ぶ。アウェーだというのに、阪神ファンの声がよく通る。佐藤輝が三塁ベースでヘルメットを直している姿を見ていると、何だか胸が温かくなった。
3回表、阪神は佐藤輝の三塁打を活かして先制点を奪った。大山のタイムリーで1点が入ると、アウェーにも関わらず阪神ファンが立ち上がって拍手を送った。私も自然と手を叩いていた。
中盤戦の攻防と心境の変化
4回にもまた佐藤輝。 今度は右中間への二塁打。 風に押し潰されそうにも見えた打球は、見事逆境をはねのけて野手の間を転がっていく。 気づけば私は、風の冷たさを忘れていた。
この二塁打をきっかけに、阪神が追加点を奪った。森下のタイムリーで2-0。スタンドの阪神ファンは小さくガッツポーズをしている。私も思わず「よし」と声に出していた。
4回裏。才木がツーアウト満塁のピンチを背負う。 緊張がスタンドを包む。 私は、呼吸の仕方を忘れたように、黙ったままその一球を見つめた。 打席のバウアーが空振りし、ピンチは切り抜けられた。 その瞬間、何かがほどけたような気がした。
「すごい、才木」 奈保が感嘆の声を上げた。満塁のピンチを三振で切り抜ける投球に、思わず拍手が出る。
5回裏、DeNAが1点を返した。才木も少し疲れが見えてきたが、それでも踏ん張っている。スタンドからは「たいき!」という声援が飛ぶ。アウェーでも応援してくれるファンがいることが、選手の支えになっているのだろう。
6回表、阪神がダメ押しの1点を追加。近本のタイムリーで3-1となると、試合の流れは完全に阪神に傾いた。
この頃になると、仕事でのイライラはすっかり忘れていた。目の前で繰り広げられる真剣勝負に、心が完全に持っていかれている。こういう時間が、私には必要なのだと改めて思った。
終盤戦と花火の夜
7回表。 近本の打球が、ライトスタンドへ飛び込んだ。 風に乗って、ぐんと伸びていくボールを見上げながら、奈保が声を上げた。 「ナイス!チカ!」 その声が嬉しくて、私は手を叩いた。 何かが、ちゃんと届いた感覚だった。
近本のホームランで4-1。これで試合は決まったような雰囲気になった。アウェーのスタンドでも、阪神ファンは大きく手を振って喜んでいる。
才木は7回裏に1点を失ったが、流れは渡さなかった。 投手リレーは及川へ、そして石井・岩崎へと続き、スタジアムの空気は静かに、けれど確実に勝ちへと傾いていった。
最後の打者が空振り三振に倒れたとき、アウェーを忘れさせるくらいの拍手が球場を包んだ。 その音の中で、私はひと呼吸おいたあと、静かに手を打ち始めた。
ヒーローインタビューが終わったあと、音が上がる。 打ち上げ花火だった。 知らなかった。 奈保も少し驚いた顔で空を見ていた。 「初めて見たかも、スタジアムで花火」 そう言って笑った顔に、何かを言いかけたけれど、やめた。 言葉にしないほうが、今日はいいと思ったから。
冷たい風は止むことはなかったけれど、 私は、その夜のスタンドで思った。 29歳。仕事にも慣れ、すり減らしてきた日々の中で、 奪われずに持ち帰れるものが、ちゃんと自分にもあったんだと。
本日の試合結果
【今日のスコア】阪神 4 – 2 DeNA(横浜スタジアム)
📘この記事は「TIGERS STORY BLOG」の投稿です。
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