試合概要・あらすじ
2025年4月20日、甲子園球場で行われた阪神対広島戦。ルーキー伊原がプロ初勝利を挙げ、佐藤輝明がバックスクリーンに2本の豪快なホームランを放った一戦。関西転勤したばかりの新入社員・亮が、職場の先輩に誘われて初めて体験した甲子園の興奮と、自分自身の心境変化を描いた観戦記。
ルーキー二人の午後~阪神タイガース観戦記 2025年4月20日
関西転勤と職場での日々
先々週の月曜日。昼休みに鈴木先輩から声をかけられた。 「亮、日曜空いとるか?甲子園行くで。12時、阪神電車の改札な!」 なんの脈絡もなく言われて、思わず「え?」と返したら、先輩は「取っといたからな」とだけ言って、ラーメンをすするのに戻っていった。
関西に来て三週間。神戸の印刷会社に就職して、いまは西宮の独身寮で暮らしてる。 東京の大学を出て、まさか関西で働くことになるとは思わなかった。配属先が決まったとき、正直戸惑いもあった。でも新しい環境で頑張ろうと決めて、この春から単身赴任のような形で神戸にやってきた。
印刷会社の仕事は思っていたより奥が深くて、色調整やレイアウトの細かい調整に毎日四苦八苦している。鈴木先輩は営業部のエースで、関西弁バリバリで顧客とも仲良くやっている。一方のぼくは、未だに敬語が抜けなくて、先輩によく笑われる。
「亮くん、もうちょっと関西弁覚えや〜」 「はい、頑張ります」 「それや!その『はい』を『うん』にするだけでも違うで」
そんなやりとりが日常になっていた。まだ職場にもこの土地にも慣れていない。敬語がしみついたままの自分が、ちょっと浮いている気もしていた。
甲子園への道のりと先輩の野球愛
当日、駅で待っていた鈴木先輩は、いつもの調子と違って、やけに静かで落ち込んでいた。 「どうしたんすか」と聞いたら、ため息混じりに「金土で2連敗や……」と。 「そんな理由かよ」と思ったけれど、それを口にする勇気はなかった。
阪神電車に乗り込むと、先輩の表情が少しずつ変わってきた。 「亮、阪神っていうのはな、ただの野球チームやない。関西人の魂やねん」 車窓から見える景色を眺めながら、先輩が語り始めた。 「俺も子どもの頃から見とるけど、勝ったり負けたりの繰り返しや。でもな、その度に一喜一憂するのが楽しいねん」
甲子園口駅を過ぎると、黄色いユニフォームを着た人たちがどんどん増えてきた。 「今日は日曜やし、ええ天気やし、きっと満員やで」 先輩の顔に、だんだん笑顔が戻ってきた。
甲子園駅に着くと、改札から球場まで続く人の流れに圧倒された。ビールやお弁当を抱えた家族連れ、ハッピを着込んだおじさんたち、デートで来たらしいカップル。みんな楽しそうで、どこか浮き足立っている。
「これが甲子園や。日本で一番熱い球場やで」 先輩が誇らしげに言った。
甲子園の一塁内野席に着くと、鈴木先輩はようやく元気を取り戻したようで、売店からピザとビールを持って戻ってきた。 「亮、乾杯や!」 こっちの反応を待たずに紙コップを突き出してくる。 「……なんか、こういうノリ、苦手かも」 言葉にはしなかったけど、自然とそんな気持ちが浮かんだ。
スタンドの空はどんより曇っていて、20度。春にしては、すこしひんやりする午後だった。 でも、球場全体に漂う熱気は確実に感じられた。
佐藤の爆発と伊原の奮闘
一回裏、佐藤輝明のホームラン。 打った瞬間に、それとわかった。 バックスクリーンへの打球を見届けたライトスタンドの黄色が、一瞬で爆発したみたいに揺れた。 「うわっ」 思わず声が出た。 横を見ると、鈴木先輩の背筋がピシッと伸びている。 少し前まで落ち込んでいた人と同一人物とは思えないくらいだった。
スタンドの歓声が耳に残っていると、隣のおじさんが話しかけてきた。 「兄ちゃん、初甲子園?」 「はい、そうです」 「ええなあ、佐藤のホームラン見れるなんて。あいつのパワーは本物やで」
三回表。 広島にチャンスが訪れた。 でも、ノーアウト一三塁の絶望的なピンチを、阪神の先発・伊原が粘って抑えた。 「亮、彼、ルーキーやで。お前と一緒や」 「え、マジっすか」 「マジや。今日の主役はルーキーや」 そう言われて、すこしだけ背中がしゃんとした気がした。
たしかにぼくも社会人ルーキーだ。関西弁もまだうまく返せなくて、よく職場の人に笑われる。 「敬語って、会社の外でもクセになるんだよね」 ぼそっとこぼして、自分で小さく笑った。
伊原はその後も無失点で切り抜けた。 マウンドで一球一球に集中している姿を見ていると、なんだか自分も頑張ろうという気持ちになってきた。新しい環境で必死に適応しようとしているのは、ぼくも同じだ。
先輩が、うんうん、と何度もうなずいている。 「ルーキーが活躍するっていうのは、ほんまに気持ちええもんやな」
五回裏。 佐藤が今度もバックスクリーンへ。 2本目のホームラン。 まるで一打席目と同じ場所に、吸い込まれていくような打球だった。 ぼくはただ見とれてた。 となりでは鈴木先輩が、隣のおばちゃんと肩を叩き合いながら笑っていた。 「ほんまええもん見せてもろたわ〜!」 「ほんまやで、今日はビール進むわ!」
ここが関西で、ここが甲子園で、今ぼくはその中にいる。 そう思った瞬間、なんだか悪くないなと思えてきた。
心境の変化と関西への親しみ
八回裏、さらに追加点が入って、スタンドは最高潮になった。 小幡のヒットにぼくもつい声が出てた。 まわりの大声にまぎれていたから、誰にも気づかれなかったと思うけど、たしかに声が出た。 「ナイスバッティン!」 そんな言葉が、たぶん初めて、自然に出てきた。
気がつくと、周りのファンとも自然に会話していた。 「今日はええ試合やなあ」 「ほんまやね、久しぶりに気持ちよく勝てそうや」 関西弁で返していることに、あとから気づいた。
試合は、阪神が8−1で快勝。 応援のリズム、歓声のうねり、そして佐藤の2本のホームラン。 全部が、音じゃなくて感覚として残っていた。
帰り道、ぼくが感想を言うより早く、鈴木先輩が振り返ってニヤリと笑った。 「どうや、甲子園は?」 「すごかったです。こんなに熱い球場だとは思わなかった」 「やろ?関西の文化やねん、これが」
駅に向かう人の流れの中で、先輩が続けた。 「亮も、もうちょっと関西に慣れたら、絶対楽しくなるで。最初はみんなそうやねん」 「そうですかね」 「そうや。俺も最初は戸惑ったもん。でも関西人は基本的に優しいねん。ちょっと言葉がきついだけで」
「さあルーキー、飲みにいくでー!」 そう言って駅の階段を駆けあがっていく先輩の背中を見ながら、ぼくも少しだけ足を速めた。
本日の試合結果
【今日のスコア】 2025年4月20日(日)阪神 8 − 1 広島@甲子園
📘この記事は「TIGERS STORY BLOG」の投稿です。
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