『レモンかき氷と、ホームランを待つ日』
また来たいねって、そんなふうに言ってくれたら嬉しいけれど。
そう思いながら、私は甲子園の一塁側のスタンドで、横にいる小学3年生になった蓮の顔をちらりと見た。
白のロングカットソーの袖をまくっても、じりじりとした日差しは肌の奥まで届く。
春、というよりもう初夏だ。照り返すグラウンドの白さが眩しくて、目を細める。
蓮は阪神のユニフォームにキャップを被って、黙々と焼きそばを口に運んでいる。
タブレットを持ってこようか迷ったけど、今日は二人で「画面じゃない場所」に身を置きたかった。
元夫とはこの子が5歳の時に別れた。仕事と家事のループの中で、
時間だけが流れていくような日々のなかで、せめて今日くらいは、そう思った。
「かき氷、まだ食べる?」
声をかけると、小さく首を振る。
レモン味の残りが溶けかけていて、スプーンの上でしゃばしゃばと音を立てた。
周りには家族連れやカップルが多くて、4月の土曜らしい、穏やかな空気が流れている。
でも私の胸の奥には、ふわりと小さな不安が漂っていた。
ちゃんと、母親できてるのかな。
怒りすぎてないかな。
ひとりで動画ばかり見せてないかな。
ほんとは、寂しいんじゃないかな。
そんな思いを、何度も自分のなかで飲み込んできた。
けれど、蓮が静かに試合を見つめる横顔は、しっかり男の子で、もう私の知らない世界を歩きはじめているようにも見えて、胸の奥が少し痛んだ。
二回表。
広島に3点が入った。
あっという間だった。
「うそ……」と、つい口からこぼれた声に、蓮はちらりと目を向けた。
その視線がなんだか大人びていて、「まだまだ甘いな」と言われたような気がして、思わず笑ってしまった。
「勝って喜んで帰りたいよねぇ」
冗談めかして言うと、蓮はうなずいた。
この子、最近、近くに住むじいじ(私の父)とよくキャッチボールしてる。
気づけば、投げ方も少しさまになってきてる。
好きな選手の名前をスラスラ言えるようになったし、打順の流れも覚えてる。
成長してるなぁって、こういう場所に来ると気づかされる。
私はといえば、おにぎりを片手に、目の前の試合にただ祈るしかない。
6回の裏、阪神がチャンスを作ったとき、蓮の肩が少しだけ跳ねた。
ライトスタンドのチャンステーマが聞こえてくる。
思わず、私も身を乗り出した。
蓮の唇が、音のない声で一緒にメロディをなぞっているのが見えた。
それだけで、なぜか涙が出そうになる。
この瞬間、この場所で、たしかにつながってる気がした。
「……蓮」
思わず名前を呼ぶと、彼は少し照れくさそうに目をそらした。
ああ、この感じ、懐かしいな。
まだ小さかったころ、手をつないで一緒に電車に乗っていた頃。
それがいつの間にか、一歩先を歩くようになって。
そうして8回。
またチャンスはあったけれど、点にはつながらなかった。
私たちの阪神は、今日も勝てないかもしれない。
でも、負けた試合って、実は心に残るものだったりする。
一緒に悔しがったこと、帰りの電車で「あのプレー惜しかったよね」って話したこと、そういうのがあとから思い出になったりする。
試合は結局、0−3で終わった。
拍手とため息が入り混じるなか、蓮が立ち上がって帽子を整える。
帰り際、私の手を取ろうとはしなかったけれど、すこし近くを歩いてくれた。
「次はね、森下のホームラン見たいな」
ぽつりと言ったその声に、私はうなずいた。
「うん、また来ようね」
ただ「また来たい」と言ってくれたわけじゃない。
次を楽しみにしている、未来のことを話してくれた。
そのことが、嬉しかった。
私はちゃんと母親できてるだろうか。
たぶん、完璧なんて無理だし、間違うこともたくさんある。
でも、こうして息子と一緒に過ごす時間が、どこかに確かに積み重なっている。
それだけは、信じたい。
駅に向かう途中、太陽の光に目を細める。
明るすぎる未来なんて、今はまだ見えなくていい。
今日という一日が、胸の奥でちゃんと光っている。
そのことに気づけただけで、もう十分だった。
【今日のスコア】
阪神 0 − 3 広島
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